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2010年03月29日(月)

続・広告に載らない合格体験記 

■また更新が滞っていたので、そろそろ安否を心配されそうですが、生きています。お久しぶりです。
以前も書いたとおり、中の人が受験期に差し掛かっていたため、時間的にというよりは精神的に、ブログを書く余裕がありませんでした。これから、徐々にペースを戻していこうと思います。

これまでの流れ
今からさかのぼること、約一年半。
同級生たちが就職活動に向けて動き出すのを横目に、深海魚は二の足を踏んでいました。リクルートスーツを買ったり、髪(当時は金髪)を黒くしたりしなければいけないなんて、めんどくさいじゃないですか。そうこうするうちに、だんだんと出遅れ感が強まってきました。
そのとき、脳裏に悪魔のささやきがよぎったのです。

「モラトリアムを延長しちゃえばいいじゃん」

長らく学生をやってきたけれど、まだまだ、学び足りないことはあります。というか、「学んだ」と言えることなんて、何一つありません。よし、もう少しくらい何かを身につけてから、社会に出よう。そうしよう。これまで幾人かの先生方に勧められながらも生返事で受け流していた「進学」という選択肢を、初めて現実的に意識した瞬間でした。
とはいえ、これまで身につけてしまった怠け癖はそう簡単に抜けるものではありません。最終学年に進級し、取らなければならない単位もほとんどなくなった私は、「学生」とは名ばかりのだらけきった生活をしていました。それでも何かの間違いで、「滑り止め」となる学校に合格してしまったのが、9月のこと。
今夜の焼きザカナ 広告に載らない合格体験記

【More・・・】

■実はこの時点で、私はまだ第一志望を絞れていませんでした。魅力的な進学先が2つあって、どちらにもそれぞれ利点があります。試験日はぴったり同じ日。結局、応募時期になっても決断できず、片方の受験料が無駄になるのを承知で二重出願してしまいました。カンパイワークで食いつなぐ貧乏学生には、かなり手痛い出費です。しかも、やる気が起こらず書類を作り始めたのも期限ギリギリ。そりゃ、こんなんじゃ就職出来んわ。
そしてやっと両方の過去問を入手し、私の腹は速攻で決まりました。

母:「いい加減、志望校決めた?」
私:「うん。試験が簡単な方」
母:「ふざけんな」

…だって!どっちもどっちなら、受かりやすそうな方にするのは当たり前じゃないですか。
ちなみにこの時に買った過去問は、結局一問も解いていません。

さて、本番が近づいてくれば、さすがに勉強しなければいけない訳です。9月の試験で専門科目の教科書は一応読んだので、多少の貯金はあるのですが、それだけでは少々心もとない。かといって今さら一から読みなおす気にも、新しい本に手をつける気にもなれません。
そこで脳裏に浮かんだのが、前回一緒に受験した同級生の顔です。彼女は一足先に他の第一志望を受けて、合格を決めていました。のんびりしたコなので、てっきり「どうしよう、何も勉強してないんだけど~」「あたしも~」という会話ができるとばかり思っていたら、前回の試験会場では自分の専門だけでなく隣接した他分野の内容までまとめたノートをつくって持ち込んでいて、私を大いに焦らせてくださったのでした。
私は中高生のころ、手が遅くて自力ではノートが取れず、数少ない優等生の友達に頼ってばかりいました。そのころ学んだのが、賢いコのノートは、一通り読んだだけでバカでも高得点が狙えるすぐれものだ、ということ。そうだ、あのまとめノート、借りればいいんじゃね。

…で、借りてみたはいいけれど。
案の定というかなんというか、鞄に突っ込んだまますっかり存在を忘れる深海魚。またまた、試験前夜に酒を飲みつつ「はっ、そういえばまだ全然読みきれてない!」と青くなる、といういつものパターンです。時間がないので他分野の内容は読み飛ばし、問題演習をしている部分も他校の問題なので読み飛ばし、当日の試験開始直前の休み時間までには、何とか一通り頭に叩き込むことができました。あ、今回はちゃんと寝ましたよ。

一次試験
・英語

英語の文章を読んで、指定された文中の短文を和訳する問題と、和文英訳がそれぞれ数問ずつ。
まあどうにかなるだろうと高をくくって、何もしないで行ってみたら案外難しくてびっくり。前回と違って英作文の問題があったのですが、読む方は大丈夫でも書く方は、その言語を使っていないとあっさり衰えるものだということを思い知りました。正直、半分できてればいいほう。この時点で大分打ちひしがれましたが、休憩時間にタバコを吸いに外に出てみると、さっきまで同じ教室にいた面々がものすごく的外れな解答例(人のこと言えませんが)を披露しあっていたので、おそらくみんなできなかったのでしょう。
…いいのか、それで?

・第二外国語(選択式)

今の学校の先生:「そういえば、外国語の選択どうすんの?」
私:「中国語で行こうかと」
先生:「えっ、それ『外国語』として認められるの?」
私:「日本の学校出てれば、日本人と同じ条件でいいらしいですよ」
先生:「それでいいのかなあ…ちなみに、ちゃんと解けるんだよね?」
私:「ちゃんと解いてみたわけではないですが…パラパラっと過去問眺めてみた感じでは、まあ、なんとか読めるかな、と」
先生:「あはは、本当に『第二外国語』なんだw」

小学生時代に通っていた中国語補習校の恩師は「あなたたちが一番できる言語が日本語になるのはしょうがない、でもせめて2番目に中国語が使えるようになって」が口癖だったのですが…ごめんなさい、書き言葉だと英語とどちらがマシか、少々怪しいです。
というわけで、普通に中国語を選択。こちらはコラムを丸ごと和訳する形式でした。語彙が小学生レベルなので、わからない言葉があるのではないかと不安だったのですが、幸い今回は出てきませんでした。この科目だけは、よくできた自信があります。
ちなみに、私が本当に「第二外国語」として学んだのはロシア語なのですが、そちらの方はもう数の数え方くらいしか覚えていません。格変化爆発しろ。

・専門科目
自分が興味を持って研究しているテーマを説明しろ、という問題と、学問手法の基礎知識や現代的な課題についての、いくつかの小問から選択して解答する問題がそれぞれ1問ずつ。どちらも紙1枚まるまる使う、長い論述です。その代わり、時間は3時間もあります。口が裂けても「時間が足りませんでした」とは言わせない方向性ですね。
1問目は、最後の方で日本語があやしくなりつつも、何とか制限時間の半分以内に回答終了。問題は次です。いくら直前に知識を叩き込んだとはいえ、所詮付け焼刃ですので、固有名詞があちこち怪しい。さて、どうしようかな…
と、ここで、たまたま以前興味を持って、しばらく報道に注目したり、本を読んだりしたことのあるテーマを発見。といっても、私が普段やっていることとはかすりもしない、とまでは言わないものの、一般論程度のことしかわかっていません。うん、でもなんか聞き方が一般論っぽいぞ。ていうか、もうちょっと説明を加えれば、大学入試の小論文にも出せるんじゃないか、これ。というわけで、プライドを捨てて、その問題を解答しました。

あー、もうこれはだめだろう…とばかり思っていたのですが、なぜか結果は通過。この段階で、倍率は3倍程度です。なあ、本当に私を通していいのか?
ちなみに真冬の極寒の中、わざわざ会場まで発表を見に行ったのですが、ついてからインターネットでも見られたことに気づき、泣きたくなったのはご愛嬌。

課題提出
2次試験の前に、論文や研究計画書を提出しなければいけません。卒業論文を流用すればいいのですが、何せ私の卒業論文は3日で書いて期限の3分前に提出したという、正直黒歴史にしてしまいたい代物です。そのまま使ったのでは、自滅にしかならないので、かなり書き直す必要があります。
実は1次試験から、通過の発表までには幾分日がありました。その間に進めておけばよかったのですが、何せ通っている自身が全くなかったので、気が重くて手をつけられず。発表を待ってから、あわてて取り掛かることになりました。
結局、3日で書いた論文を3日で直すはめに。もう死んでしまえ。

二次試験
2月某日、高校時代の友人たちとともに、渋谷のバーでグラスを傾ける深海魚。

後輩:「あれ、深海魚さんもう受験終わったんですか?」
私:「ううん、明後日」
後輩「直前にこんなとこにいるとか、馬鹿なの?死ぬの?」

素晴らしい反面教師だろ?

いお:「まあ、深海魚はなんだかんだ言って、何とかしちゃうからね」
私:「何とかなるといいんだけどねえ…」
いお:「なるよー。で、『何とかなる』だけで世を渡って、何もしないままおばあちゃんになるんだよ~」
私:「いやぁぁぁ!めっちゃ想像つくけど、その人生だけは嫌だあああ!!」

と、バカやってるうちに、本番はやってきてしまうわけで。

今回は面接です。私はかなりの緊張しいで、人前でしゃべろうとすると噛んだり、頭の中が真っ白になる癖があるので、今回も内心ビビりまくりでした。その割に、準備したのは当日の朝だったりするのですが。小心なのか大胆なのかどっちだ、私。単に怠惰なだけです、はい。
当日はかなり余裕を持って家を出ようと…心に決めていたはずなのに、気づけばギリギリになっていました。会場の入り口にたどり着いたのが、試験開始15分前。この時間には控え室入りしておくようにと、手元の通知には書かれています。そして、みごと構内で迷子に。何周歩き回っても試験が行われる建物を発見できず、もうあきらめようかと思ったところで、同じように迷子になっていた留学生の女のコを拾いました。

私:「やっぱ迷いますよねー。もー、すぐ次の回なのに困っちゃう~」
留学生:「えっ、次の回なのにまだここにいるんですか?!」

はるばる海を渡ってきて、最初に出会った同級生候補がこんな阿呆で、大変申し訳ない。彼女のおかげで、なんとか面接官が私を呼びに来る前に滑り込むことができました。4月にキャンパスで会えたら、ちゃんとお礼を言わないとなあ。ちなみに口述試験の内容自体は、あまりにできなさすぎて記憶から消去されました。唯一覚えているのは、一つもまともに答えられなかったショックで、試験室から出てそのままフラフラと新宿に向かい、ジュンク堂で医学書を3時間立ち読みして心を落ち着ける必要があったことです。精神がざわついているときは、医療本の乱読に限るぜ(お前だけだ)。

もう、今度ばかりは9割がたダメだろうと思っていたので、合格発表の日になってもとても起き上がって見に行く気にはなれず、心配してくれた家族や友人一同からの連絡もすべてシャットアウトして、夜まで頭を抱えてベッド上でうなっていました。なぜか、1次と違ってネット発表がなかったもので。とはいえ、落ちたなら落ちたではっきりさせて、滑り止め校の入学手続きをしなければ春からニートになってしまいます。日もすっかり暮れてから、「あたしは強いから、耐えられる、大丈夫…」とブツブツつぶやきつつ掲示板に向かう不審人物がひとり。

…ん?

自分の番号が、ある。目を何度こすっても、一度その場を離れてタバコをすってからもう一度みても、消えてなくなってはいません。これは、受かった、の?目の前の現実を理解するのに、DJ MIXストロベリー3本分の時間がかかりました。このときの倍率は2倍強で、1次とあわせると約6倍。なあ、本当に私を通して(ry
ずっと放置していたケータイをやっと見たら、てっきり私が落ちたと思い込んでいる父親から長文の励ましメールが届いていて、「実は受かった」と報告するのに大変気まずい思いをしました。

まとめ
・一夜漬けは意外と奇跡を起こす
・面接なんて、何見てるかわかったもんじゃないよね
・よい子はまねしないでください

うだうだ
こんなひどい受験体制だったのには、一応言い訳がある。今年度のはじめくらいから、あたしはもともと乏しい行動力を、じわじわと失いつつあった。やりたいことや、やらなければならないことが増えるたび、その長いリストが錘にでもなっているかのように、あたしの体は動かなくなっていった。もともと朝には弱いほうだが、「昼まで動けない」が「夜まで動けない」になり、しまいに全部翌日に持ち越すことが常態化した。あたしは昔、身体症状から始まって、やがて「学校」という単語に激しい拒否を示すようになり、最後には昼夜逆転状態に至る、絵に描いたような登校拒否を経験したことがある。それから、学業上でプレッシャーや環境の変化があるたびに、「症状」が再燃して数日間身動きが取れなくなる、ということを高校卒業まで繰り返していた。成長してそこまで激しい状態に陥らなくなった分、引き伸ばされたそれを、今回は体験していたのだろう。試験本番が近づくにつれて、人と相対するときもあからさまに情緒不安定になり、多分そうしたことの積み重ねが原因で、重きをおいていた人間関係を失いもした。そして、余計に無気力になっていった。
モラトリアムの終焉を目前にした学生なんていうのは、大なり小なり出口のない悩みを抱えるものだろう。さまざまな活動に打ち込んできたひとは、それらから離れて普通の勤め人になってしまうことを惜しみ、無為に時間を過ごしてきた者は、あったかもしれない可能性を自らすりつぶしてしまったと悔やむ。そして、あたしのように喪失と新たな旅立ちを先延ばしにすれば、大人になっていく同級生たちを見送りながら、先の見えない自身の行く末におびえることになる。先に出てきた同級生のノートには、教科書の内容をまとめた余白いっぱいに、その知識を自分の身辺に適用する形で、自立できないかもしれないことへの不安がつづられていた。とくに「ジェンダー」の項目に。何かのプロにならなきゃ、パートナーと対等に仕事と生活を分担できるようにならなきゃ、ちゃんとしなきゃ、と。
あたしたちに割り当てられた「女性」という名前は、自身で社会的に活動するよりも、「夫」や「(男の)子ども」のやることを支え、彼らの社会的成功によって自らの地位を引き上げてもらえ、というメッセージを伴っている。けれど、あたしにも、おそらく彼女にも、それはできない。あたしが親しい人の夢を応援し、成功を喜ぶのは、その人に幸せになってほしいからであって、それがあたしの幸福であるからではない。ある人がしたことが、あたしの功績になるわけではない。自分のことのように喜ぶことはできても、自分のこととして喜ぶなんてありえないのだ。自分自身が何かで、まあたいていは仕事で、実績を上げる以外に満足する方法はないのに、あたしたちは、回り道をしている。だったらその分、学業で、研究で、何かをなさなければ。でも、ほんとうに、できるの?そもそも、やりたいことって、なんだっけ?不安の正体は、おそらくそんなところだ。言葉にしてしまえばあまりにありきたりすぎて、その平凡さが悲しいようでも、少しほっとするようでもある。

怠け癖も勉強嫌いも、今に始まったことではない。中学受験の時にはすでに「一夜漬けなんてぬるい、あたしは当日漬け派だ!」なんてほざいていた。高校生のときは、必死な進学校特有の、成績上位層(の、一番下あたりにいた)に圧力をかけて合格実績を稼がせようとする空気に耐えられず、あやうく中退しかけたこともあった。もちろん、そんなんでは本気でがんばった人にはかなわない。楽をすることだけは得意だから、勉強しなくとも、周囲に「まあ、悪くはないよね」と言わせられるところには引っかかるけれど、すこしチャレンジ要素の入った第一志望には届かない。一応、どうにかなる、それだけ。それが、いつものパターンだった。
だから、今回も試験日が訪れてしまうのが先か、「受験勉強」がまともに出来る気力を取り戻すのが先か、が勝負の分かれ目だとばかり思っていた。けれど、何も出来ないまま、合格だけ手に入れるという未知の事態に直面して、あたしは正直、実感が持てないでいる。試験さえ終われば、全部うそのようにすっきりするかと思っていたけれど、何もしていないのだから、始まってもいないものを「終わった実感」など持てるわけないのだ。
夢を見てるみたいに時間ばっかりすぎていくのだけど、さて、どうやって前に進みましょうね。

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テーマ : 進路 - ジャンル : 学校・教育

タグ : 御バカ日記 受験 ジェンダー

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Comment

我认为你是如果愚蠢。
差异也在中華。
你不是神。愚蠢。
金 |  2010.09.05(日) 10:59 | URL |  【編集】

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