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2009年10月22日(木)

近未来ホテル 

■「今日は、どうされますか?」
「えっと…ハーフアップで、あんまり盛らないでください。後はおまかせで」

若い美容師の手によって、イメージと似ても似つかないヘアスタイルが出来上がるのを見て、あたしはため息をついた。この仕事をはじめてそろそろ一年になるというのに、髪のセットを頼むときには毎度苦労する。頭の中で描いたかたちを伝えるための用語が、いまだによく分からないのだ。「スジ」だの、「カブセ」だの、一体どこの星の言葉だ。日本語で話しやがれ。
もっとも、この国において「正しい日本語」などという概念は、とうに意味を持たないのではあるが。広東語、北京語、英語にロシア語。朝鮮語と、タガログ語と、あたしには聞き分けることさえできない、いくつもの未知の言語たち。そこに、さまざまにイントネーションの異なった日本語が混ざりあう。金曜の夕どき、薄汚れたビルの一室のセットサロンに飛び込んでくる街の喧騒は、実に雑多だ。

【More・・・】

五年前、プレート移動から起こった群発地震が、三ヶ月にわたって全国を襲った。海岸沿いの地域は激しい津波と地盤沈下に見舞われ、一部の土地は水没の憂き目に遭った。人的・物的な被害もさることながら、通信体制が混乱する中、メディアを通じて情報が錯綜したのがいけなかった。日本中にパニックが巻き起こり、非常事態にめっぽう弱いこの国の末端の行政は、いともたやすく機能を停止したのである。アタマ空っぽの女子高生だったあたしは、シャッターを閉めたままの役所とテレビ画面の中で毎日違うことをしゃべくるコメンテーターを交互に眺めては、口をぽかんと開けているしかなかった。
そんな中、たくましかったのは外国人労働者たちだ。仕事にならなくなった日本から帰国するため、同郷の者同士が助け合って、各地で波に削られた港を再建し、臨時の出国ルートを確保したのである。やがて、復興の活気のうちにひと稼ぎしようと、祖国ゆかりの人間が運営する臨時港から入国してくる者や、いちど国に避難したものの再び来日する者なども増えてくる。いつしか、沿岸部は各港の有力者の支配下におかれ、さまざまな国籍や民族の人間が住みつく、事実上の自治区と化した。あたしの暮らすこの横浜には、中華街だった場所を中心に、世界中の華僑が現地人や母国から出てきたばかりの若い中国人を連れて移住し、一攫千金を狙うようになったというわけだ。まさに国際都市。ザ・グローバル・ビレッジ、である。
そんな状態であるものだから、もはやこの街に「景観」などというものは存在しない。ピカピカのオフィスには歓楽街が隣接して眠れぬ夜をネオンで彩り、朝になればビルの谷間でフリーマーケットが開かれる。ここにあるのは、それぞれのボス同士の競争と協定によって定められる「縄張り」だけだ。都市の荒廃だとか、地域コミュニティーの破壊だなどと、育ちの良い学者先生どもは嘆いていたが、五年という月日は物を知らない若い娘における「街」の観念をすっかり書きかえるには十分だった。ごく自然に、あたしは家を飛び出し、この街の正義であるところの「一攫千金」を目指すべく身ひとつで働きだしたのである。つまり、歌姫や花売りや援助交際、風俗嬢、はてはセックスワーカーなどと名前を変えてきた、いわゆる世界最古の職業というヤツで。

しっくりこない頭をむりやり顔になじませるべく、アイライナーとマスカラ片手にしばらく苦闘したのち、あたしはあきらめてサロンを後にした。なに、最大限うまくやったところでもともとのツラがこれでは、しょせん高は知れているのだ。そう自分に言い聞かせ、路地に面した裏口から足早に待機室に入る。秋も深まっているというのに、安っぽいピンクのサテン地のドレス一枚では、海風にそう長くはあたっていられない。
あたしたちが仕事場にしているのは、戦前に設計された、港を望む優美なホテルだ。以前は、観光客やビジネス・エリート相手の高級宿泊施設だったという。もっとも、港を「望む」というのは、過去の話だ。今では海岸線の後退によって前半分が海中にせり出し、場末のラブホテルのように安っぽく補修されていて、歴史的建造物としての姿をとどめるのは後半部分だけである。ロビーは海の中が見えるようにガラスが張られ、まるで水族館のようで、これはこれで好きではあるが。意外なことに、港の有力者に買い取られ、現在の形に改築されてからもあいかわらず一般客の利用は続いている。だから、あたしたちに貸し与えられているのは、かれらと鉢合わせないように隔離された一フロアのみだ。金で情事が交わされているすぐ向こうで、ラウンジでは「パティシエのとっておき!スイーツバイキング」なんてものが開催されているのだから、笑ってしまう。

「遅いよ。急いで」
「すいません」

黒服のシンヤさんに促され、写真と名前のついた白いボードに向き合った。そこに書きこまれた時間当たりの基本料金と、有料オプションをチェックする。ここから店のマージンと部屋のアメニティ代を引いた分に、客から直接受けとるチップを合わせた額があたしたちの収入となるのだ。

「ん。オッケーです」

出勤中をしめすボードが受付に並べられるのを見届けて、あたしはカウンターに腰かけた。他の女のコたちは、すでに席について手持ち無沙汰そうにしている。

「あれえ、今日の髪、だいぶ面白いよ?」

そう言って笑い出したのは、ツバサちゃんだ。おなかを抱えて身をよじるたび、ウエーブのかかったミディアムロングの髪が、ふわふわとゆれている。
アーモンドのように丸い、パッチリした目の彼女は、いつも高校の制服を模した衣装をまとっている。それがくるくると表情のかわる童顔に良くにあうが、彼女の本当の年齢がいくつなのかは誰も知らない。

「え…そんな、それはそれで似合ってますよ」

ドレスの襟元をきゅうくつそうに引っ張りながら、横のえりこちゃんがフォローを入れた。
標準よりほんの少しばかりふっくらした体型に、黒い髪を長く伸ばし、メガネをかけた純朴すぎるいでたちの彼女は、見た目のとおり純朴な性格をしている。ときどき自分のしていることに耐えられなくなって、あられもない姿のままプレイルームを飛び出してしまうのだ。当然それじゃ仕事にならないということで、えりこちゃんは店のコワいお兄さん達にとっ捕まり、さんざん脅かされた上クビをいい渡されるはずだったのだが、その逃げっぷりが珍しいもの好きの客の目に止まった。以来、彼女を指名して見事「えりこ逃げ」に遭遇できるかどうか、というのが一部マニアの楽しみとなっている。

「はは、ありがと」
「ホラ、仕事はじまるヨ」

少し離れたところに座っていたアイさんが、パチンッと手をうち鳴らした。ものすごく整った顔立ちとはいえないものの、表情の少ない切れ長の目と白い肌が、いつ見ても涼しげだ。明らかに大陸系と分かるイントネーションとあいまって、簡単には手の届かない高嶺の花、という印象を彼女に与えている。
そのイメージにたがわず、アイさんはこの店のナンバーワンの座を独占して久しい。ウワサじゃ、無表情な彼女がベッドの中でだけ見せる「女」の顔がたまらないのだそうだ。そんな姿を知れるのならばたしかに、彼女に抱かれても後悔はない。一瞬、妙な想像が頭のなかを支配し、あたしはあわてて首をぶんぶんと振った。

「ね、そういえば、これ見てよ。今月のケーキバイキング、海外からシェフ呼んでくるって」

ツバサちゃんが、唐突にラウンジのチラシを差し出した。のぞきこむと、確かに金髪碧眼の若い男性の写真とともに、秋のケーキフェアがイチオシされている。

「すごい、美味しそうじゃん?」

ツバサちゃんは目を輝かせるが、写ったケーキは蛍光色の青やピンクにデコレーションされていて、とても食べものには見えない。「美味しそう」というより「毒々しい」と形容したほうがしっくりくるほどだ。とはいえ、あんまりうれしそうな彼女を見ていると、なんだかそのけばけばしい物体の味を確かめてみたい気がしてくるのだから、不思議な話である。

「じゃあさ、今夜上がったらみんなで行ってみようよ。ここ、たしか夜中までやってたはずだし。その時間なら、一般客もいないだろうし、迷惑かかんないでしょ」
「あ、私も行きたいです!もう、仕事の後っておなかすいちゃって」
「そりゃ、あんだけすっぽんぽんで走り回りゃあね」

えりこちゃんは、顔を真っ赤にして「今日はやんないですもん…」とつぶやいた。

「ね、アイさんも行きません?あたしら、待ってますよ」

さっきから一人会話に加わらずにいたアイさんは、しかし、だまって首を横にふった。

「え、何で?ケーキ、好きじゃないですか」
「太るヨ、夜中に食べたラ」

三人をじゅんばんに、特にえりこちゃんのウエストのあたりを重点的に眺めまわしながら、アイさんはきっぱりと言った。つめたい目線と口調に、あたしたちは思わず「うっ」と凍りついてしまう。さすが、海千山千のナンバーワン。「夜中にケーキ」という不摂生も、みんなでやればこわくない、なんていう小娘の浅はかな現実逃避などお見通しである。

ちょうどいいタイミングで指名の声がかかり、一気に沈んでしまった待機室の空気から逃げるようにして、あたしは客室に向かった。どういうわけかこの店は、客の待つ部屋に出向くのではなく、こちらが先に行って出迎えることにこだわっているため、急がないといけないのだ。代わりに、客が来る前と後に、一流ホテルの設備をひとりで好きに使える。ほんのささやかな楽しみだけれど、それがあたしの一番好きな時間だ。
エレベーター・ホールにつくと、見覚えのある中年の男性ふたり連れが談笑していた。たしか、先月にもやっぱりふたりで連れ立って、うちの店にきた客だ。とっさに知らんぷりをして、あたしはロビーに逃げこんだ。誰を買いにきたのだろうか。人気商売の性で、アクアリウム状の壁越しに海の魚を見ているふりをしながら、ついつい聞き耳を立ててしまう。しかし、会話は今度の休日に家族でどこに行くだの、そんなことばかりで、あたしたちの名前はさっぱり出てこなかった。

「ついにディズニー・ランドも営業中止になっちゃって。娘が楽しみにしてたんだけどねえ」
「お台場だって、もうゴースト・タウンみたいになってんだろ?」

昔、なけなしのお小遣いをはたいて遊びにいった場所の名前が耳に入り、胸がちくりとした。これだけ地形が変わってしまえば、海辺のレジャー施設だって当然、無事ではいられない。たとえ沈まなかったとしても、地盤が緩んでいきなり海水が噴きだしたり、塩で遊具がさびついて使い物にならなくなってしまうのだ。
あたしの脳裏には、幼い日に両親に連れられていった近所の遊園地の思い出がよみがえっていた。冬の、それも夜だったものだから息が真っ白になるほど寒かったけれど、鼻をたらしてでも遊んだ。父も母も忙しくて、この機会をのがせば次はいつになるかわからないからだ。帰りに、大きな川のそばのおでん屋台に入り、よく味のしみた大根やはんぺんや玉子を三人でほおばった。父は飲んでいた酒を、母の目を盗んで一口だけ、なめさせてくれた。あたしは辛くて泣き出してしまって、結局そろって母の目玉を食らったのだが。
あそこは、なんていうんだっけ。そうだ、コスモ・ワールドとか、確かそんな名前だ。横浜港からほど近い、今思えばチープで何が面白いのかもよく分からないあの遊園地も、もうなくなってしまったのだろうか。ねえ、コスモ・ワールドはどうなったの?

■…というところで目が覚めたんですが、私の頭は大丈夫でしょうか。ダメですか、そうですか。
しょせん夢なので世界設定にリアリティが皆無ですが、なんか面白かったので忘れる前に書きとめておきます。そんなわけで、文章が荒いのはご容赦を。まあ、何かしら使い道はあるかもしれません。たとえば、この画面をプリントアウトして病院に行くとか。

■ちなみにバイト柄(カンパイ系です)、本当に冒頭のような「盛り」をやってもらうことはあります。美容院代がもったいないので、たまにですけどね。自分でできれば安上がりですが、かわいそうなお手ての深海魚にそんなスキルは望むべくもありません。
ほうれい線が…
写真はたしか、合格祝いにシャンパン入れてもらった日のもの。画質が悪くてよく分かりませんが、頭のてっぺんに、編み込みをカチューシャのように横断させています。最近、余計な注文はしないでおまかせにしたほうがマシになるって気づいたんだ。

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タグ : 夢日記 カンパイワーク ナイトワーク

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