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2009年08月25日(火)

ガイジンのいる風景 

 週末の終電近くの「ゆりかもめ」は、平日の通勤時間帯に負けないくらい混み合っていた。気を抜くと人の群れの中に自分が溶け出してしまいそうで、息苦しい。そんな居心地の悪さは、おそらく決してあたしに限ったことではなく、車内に空気のように充満していたのだろう。
 すぐ後ろで押しくらまんじゅうのようにして立っていた家族連れの、幼い息子が、いかにも不機嫌そうに文句を言っている。朝のラッシュよりひどいかもね、つらいね、と若い母親がそれに応えた。

「えーでも、オレこないだガイジンの隣に座ったんだよ?それよりはいいって」

少年はよく通る、大きな声を張り上げた。「そんな、ガイジンって…」母親は、苦笑いしている。父親も、別にいいだろ、そんなの、とフォローの声を添えた。

【More・・・】

 両親はあきらかに、よそ様の前で大声で話すにはふさわしくない語を発した我が子を、たしなめようと苦心していた。けれど小さなその子は、見知らぬひとの居合わせる「電車の中」という公共空間を支配するルールを、いまだ知らない。きっと彼の目に、その場所は「大好きなママとパパがいる」としか映っていないのだ。
 だから、あわてて周囲をうかがう父母の戸惑いなど、子どもの知ったことではない。

「えー、ヤダよー。だってガイジンだぜ」

先ほどにもました大声で、笑いながら、彼は言った。言い切った。きっぱりと。

 この少年が、悪い子だというわけではない。たった独りで電車にのる幼子に、隣にすわる「ガイジン」は、きっと恐ろしかったのだろう、と思う。そのひとは、聞きなれないことばを話しただろうか。色の濃い、あるいはうすい肌をして、自分とはちっとも似ていないそのひとこそが、今一番近くにいる人間なのだと気づいたとき、「ぼくはひとりぼっちだ」と、お前は思っただろうか。「ぼくはだれだ」と、思っただろうか。覚えたての「ガイジン」を連呼することが、その不安と戦う力を、お前に与えてくれるのだろうか。
 卵が先か、鶏が先か。異なるものを前にした心細さが型どおりの偏見を呼び込むのか、あるいは教え込まれた偏見がありふれた恐怖を呼び起こすのか。いずれにせよ、「ガイジン」という悪意のこめられた呼称自体が、せいいっぱいの強がりで、背伸びのように、あたしには聞こえた。だって、繰り返されるその発音は、まるで借り物のようにぎこちない。
 やがてスムーズにそれを発音できるようになる頃、お前はことばを慎むことをおぼえるだろう。そばに立つ両親がそうしているように。うっかり日本人のつもりになって、ただそこにいる「より外国人らしい」ひとに「なんか怖い」と身をこわばらせる愚かなあたしが、そうしているように。
 お前は何も特別じゃない。ただ、ほんの少し、幼かっただけだ。

 だけど。

 父がいて、母がいて、黄色い肌の群れが押し合っている。少し不愉快な、だけど変わったことの何もない夜の車両で、お前は今、安心して「ガイジン」を連発する。けれど、「ガイジン」などどこにもいないように見えるこの空間にも、手を伸ばせばとどく距離に、あたしという「ガイジン」は存在している。
 お前が恥というものを知るよりも前に。すでに恥じらい隠すことを知った、かつての子どもたちのそれも一緒に、まるごと。目に見えない「ガイジン」は、均質で清潔なはずのお前たちの縄張りを、物言わぬまま、ひそやかに汚しつづけているのだ。お前にとって安全な場所なんか、ここにも、どこにも、一切存在しない。 
 そう思うと、痛快で仕方なかった。あの時、車窓に映るあたしの顔は、笑みを浮かべていたにちがいない。

 ざまあみやがれ。

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テーマ : ヒトリゴト - ジャンル : 小説・文学

タグ : 差別 外国人 散文 ゆりかもめ

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