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2009年07月05日(日)

夜にはぽっかり穴が空く 

バイト先で一番古株の、チャイニーズのお姉さんが「飛んで」しまった。
古株といっても、決してボスぶるようなタイプではない。気の利かない新米ども(特にあたし)がやり忘れた分まで酒を作ったり灰皿を取り替えたりと、黙ってフォローしてくれる人だった。いつも、その手の作業が一番多くなる席に、率先して座っていた。タバコを吸わない同僚がほとんどの中、唯一のあたしの喫煙仲間でもある。その人が「腰がいたい」と言って一度欠勤して、それきり連絡が取れなくなった。なじみのお客さんのところにも、何も言ってきていないという。

「捕まっちゃったのかもね」

ママがぽつりと言ったひとことで、あたしは思わず「うっ」と声を出した。それに気づいてかどうか、彼女は何事もなかったかのように話題を変える。
就職や結婚が決まって円満に辞めていくコも、いつの間にか出勤が少なくなって消えたコも、ある日突然行方知れずになったコも、彼女はたくさん見てきたのだろう。もちろん心配はしているのだろうが、いちいち暗くなっていたら仕事にならない。その雰囲気を察して、みんな自然に、いなくなったその人の話題を出さなくなっていく。

【More・・・】

実家は上海だということ。そこで犬を飼っていること。ネットゲームとyou tubeが好きだということ。昔、大阪に住んでいたこと。麻雀が強いのだと自慢していたこと。カトリックだということ。
以上があたしが彼女について知っている全てで、それ以外は本名もわからない。何が起こったのか、本当に捕まってしまったのかそれとも単に商売換えするなり他店に移るなりしただけなのか。あるいは何か他に事情があるのか。それを確かめる術はない。ママや客や、彼女と親しかった女の子からのメールや電話に答えてくれることに、一縷の望みを託すほか、消息を知る手立てはないのだ。

当たり前のようにそこにいた人が、ある日ふっと姿を消す。そんなのは別に、どこにだって起こりうる出来事なんだろう。けれどこの仕事では、それがあまりにも「よくあること」になってしまっていて、ただ日常の一環として処理されていく。突然友達が、知り合いが消えた。その人に何があったのか確かめようと消息を追っていった主人公は、やがて予想もしなかった大きな闇の存在を知る。そんな安っぽいフィクションをよく見るが、この店は、きっとその舞台にはなりえないのだ。短期派遣だとか、そういう不安定な雇用も、同じようなものだろうか。

「まあ、来月くらいにひょっこり帰ってくるかもしれないしねえ」

ママがそう言って、彼女のことを尋ねた客が笑い、あたしたちも笑う。そういうのもよくあるねえ、と。もちろん、ひょっこり帰ってこないことも、よくある。
人がひとり、いなくなった。その跡にぽっかりと空くはずの穴が、ここでは空かない。空くことのないその「穴」を思いながら、あたしはすっかり知っている人のつもりだった彼女と、出会い損ねていたことを知る。彼女だけじゃない。左隣のあのコとも、右隣のこのコとも。数ヶ月も同じ空間を共有していながら、あたしたちはちゃんと出会っちゃいないのだ。
隣の住人の顔も知らない家に住んで、隣の同僚の名前も知らない職場で働く。しょせん学生だから、いつかは終わりが来るから、と保険をかけつつ。どこにもつながっていかない生活は、どうしようもないけれど、気楽だ。そしてそのまま、いつかはみんな、いなくなる。きっと、あたし自身も。

仕事を終えて夜の繁華街を歩きながら、ライターで煙草に火をつける。ガスが切れていた。恨みがましく何度もカチカチとやっていたら、通りすがった黒服のお兄さんがさっと火を差し出してくれた。
彼女のいない今夜も、いつもと同じ、いい夜だ。

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テーマ : お水な夜仕事 - ジャンル : 就職・お仕事

タグ : 御バカ日記 アルバイト 失踪 エッセイ

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