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2009年07月17日(金)

お返しします。 

前回記事に予想外なほど反響をいただいて、ちょっとびっくりしている深海魚です。こんにちわ。えっと、私のつたない文章に言及してくださるのはとても嬉しいのですが、お嫌でなければトラックバックを飛ばしていただけると助かります。追っかけきれないよう。
飛ばしたはずなのに、ブログサービス間の相性が悪くて通ってない、とかだったら申し訳ありません。

いただいたコメントやブックマーク、記事等に目を通しつつ自分のエントリを読み返してみたら、自分と「反日上等!」の距離がかなり混乱していることに気づきました。そのあたりを少し補足しつつ、皆さまからの反応にお返事をしたいと思います。

今夜の焼きザカナ 軽くて重いことば

さて、お気づきかと思いますが、私は「反日」と「反日上等!」を区別して使っています。というよりは、他称としてのそれと他称を受けて自ら名乗りなおすそれとを。なお、「反日武装戦線」みたいにもともと自称するタイプの使い方は、今回は省かせてください。
本来の意味はともかく、現在では「反日」は相手を「善良な日本国民」からはじき出すためのレッテルとして使用されています。在特会がそうしているように、「日本人」の代表を名乗りつつそれを「外国人」に向かってあてがえば、それは「外国人」を「反日」か否かで線引きし、該当する人を排除せよ、と言っていることになります。誰をいかなる理由で「反日」と名指すか、はかれらの手の中です。つまり、マイノリティを一方的に名づけ、分類することができるマジョリティ、という構造的差別に乗っかり、積極的にその特権を利用して差別行為をおこなっているわけですね。「外国人」たちは実際に強制退去の危険にさらされていたり、そうでなくともいろいろな理由をつけて「日本人」には保障されているさまざまな制度上の権利を制限されているのに、です。構造的・制度的差別に乗っかって差別行為を行い、それによって大元の差別を正当化し強化する。なされているのは、そうしたふるまいです。

【More・・・】

公衆の面前でこのようなことをされれば、「反日的」と指定された「外国人」にとって脅迫として働くのはもちろん、それ以外の「外国人」もまた、いつ自らの上に降りかかってくるかと怯えながら「私は『反日』ではありません、だから受け入れてください」と存在証明を迫られることになります。それがいかに不当なことであるか。言うまでもありません。
「反日上等!」は上記のようなレッテルとしての「反日」が現に流通してしまっている、その状況があってはじめて可能となる表現であると理解しています。どのような意見を持った人であれ、ここまでの認識に私とそう大きい差異はないでしょう。

そのとき「反日上等!」はいかなる意味を持つのでしょうか。
注意すべきは、「反日」というレッテルは非正規滞在の外国人も、コリアンや中国系をはじめとする定住外国人や帰化者も、一部の観光客(たとえば対馬を訪れる韓国人)も、そうした人々の「肩をもっている」と思われた日本人も、その全部を含んでいることです。何を理由として誰をその範疇に含めるかは、完全に在特会の恣意によっています。
この辺は私が改めて論じるより、
「在特会」にとっての「反日」とは誰なのか――「反日」という概念を批判することは、自己主張か他者支援か - 真面目なふざけ、適度な過剰
ここギコ!: 三度、在特会カウンターデモについて
あたりをご覧いただければと思います。
「外国人」(と見なされる人)が叫ぶ「反日上等!」の意味は簡単です。お前たちが「反日的」じゃないかどうか見張っているぞ、「反日」なら追い出してやるぞ。嫌ならおとなしくして逆らうな、お前が日本に受け入れられるための努力をしていることを証明してみせろ。私たちを評価し、線を引いて日本政府や社会への批判の声を奪おうとする、そんな恫喝に屈するものか、という意思表示です。ちなみにこうした抵抗を望むのは、必ずしもkokogikoさんのおっしゃるような定住外国人だけとは限らないと思います。非定住外国人であっても、かなりストレートな体制批判をする人を、私は結構知っています。もちろん、実際問題として矢面に立って声を上げられるのは定住者や、非定住者であっても高い専門能力を持ってやってきた、「日本」が成功をつかむための1ステップにすぎないような、比較的立場の強い「外国人」が中心になってしまうでしょうが。いずれにせよ、安易に「外国人の立場を考えろ!」式の批判をすれば、より弱い「外国人」を盾にとって「当事者」の口をふさぎ、かれらの訴えから耳をふさぐことになりかねません。
一方で「日本人」がそれを叫ぶ場合、ことばは少し複雑な様相を帯びてきます。かれらは大雑把に分けて、三つの立場を同時に体現することになります。ひとつは「反日」というレッテルを投げかけられた当事者としての立場です。日本のためにならない(と在特会が勝手に判断した)「外国人」の肩を持つなんて、お前は反日左翼だ!という決め付けに対して、それをもって「反日」と呼ばれるならば「反日」で何が悪い!とカウンターを返しているわけですね。ふたつ目は、在特会が僭称するところの「日本人側」に対する「反日外国人側」として、「外国人」たちと一緒くたにされる立場です。このときもやはり「反日上等!」はカウンターですが、カウンターを返す側として外国人も一緒に含んでしまうことになります。三つ目は、「外国人」に対する「日本人」としての立場です。自分たちが「外国人」をつくり出し、排斥すべきかどうか審査することのできる特権的位置に置かれていることを自覚した上で、決して積極的にそこに加担しないことを表明しています。「反日上等!」と言うことで、「反日」かどうかで「外国人」を区分する特権の放棄を試みているんですね。「日本人」という立場に胡坐をかいて脅迫的に接してくる在特会的なものを「日本人」の代表にさせない、という意味ももっています。
一つ目とふたつ目の文脈のとき、「反日上等!」ということばは副作用をともなってしまいます(もちろん「副」じゃない作用もあります)。「あんな『反日』なヤツらが支援してるんだから、あの外国人どもはうさんくさい」とか、「ほらみろ、やっぱりあいつら、自分で『反日』って認めてるじゃねーか」というように。そのときもっとも大きいダメージを受けるのは、「外国人」特に非正規滞在の外国人です。現に「反日」がネガティブな呼称として通用している以上、その危険性は認めざるをえません。特に後者の場合は、結果的に「日本人」が「外国人」を代弁した形になってしまうわけですから、問題は大きいでしょう。批判する皆さんが問題にしているのはそうした点だと思います。一方で三つ目の文脈のとき、「反日上等!」は固有の価値を持ちます。構造的差別を利用して「外国人」を値踏みすることなく、むしろ構造的差別を少しずつでも解体していこうとする方向性は、「反日なんかじゃない!」といったことばには持ちえないものです。
「反日上等!」は、それを受けて解釈する者との関係性によって、これだけ多様な意味を持ちうるのです。これらの文脈は、表現が不特定多数に向けてなされている以上、すべて発生します。批判するにしてもせめて、全部を視界に納めた上でそのもたらす効果を比較考量すべきでしょう。早い話、「お気楽な支援者と、強制退去の危険にさらされたかわいそうな外国人」なんて図式は、単純すぎるんですよ。ていうか、在特会の正式名称って、「在日特権を許さない市民の会」ですよ?かれらの攻撃対象が非正規滞在者に限らないのなんて、名前からして自明じゃないですか。「在特会」だか「誰得会」だか知りませんが、かわいらしい略称で呼んでやっているうちに大事なことを忘れていやしませんか。

こうした作用や副作用がどの程度発現するかは、発話のなされた場の性質に大きく依存します。入管のさじ加減ひとつで何時でも強制退去させられてしまう個別の外国人を支援する運動ならば、一度の悪印象が致命的になりかねないでしょう。一方、具体的に「●●さんを守れ!」と名指しているわけでない全般的な反・排外主義のデモなら、その恐れは完全にではありませんがかなり軽減されるはずで、その分本来の意義を期待できます。むしろ、そうした「全体的」な場で「反日上等!」の声が大きくなって「普通にありうる主張」として許容されていけば、個別の支援の場でも不利益を恐れて口をつぐまざるをえない、なんていうこともゆくゆくは少なくなっていくんじゃないでしょうか。発話の意味は文脈に依存し、文脈は人に作られます。ならばその文脈を書き換える企ても、当然、なされなければいけません。
前の記事の繰り返しになりますが、現にそれどころじゃない立場におかれた人が、こうしたやり方から距離をとるのはしょうがないってか、当たり前です。私の記事は、そうではない人に向けて書いています。誰もが「反日上等!」に賛同しなければいけない、と言っているのではありません。「外国人」に対する線引きを一切するべきではない、とは思わないけど在特会はひどすぎる、という立場も当然ありえます。ていうか、私自身、留保なく全ての「外国人」を肯定しきれるかっていうと…ええとその、ごめんなさいがんばる。だからそうした立ち位置から、「反日上等!」的な方向性をも批判する、というんでも構わないんです。けれど相手の主張そのものを問うのでもなく、自らの線引きを議論の俎上に載せることもせずに、ただ「立場の弱い人に迷惑かかるから」では、自分の「外国人」への向き合い方を直視することから逃げているとしか思えません。
整理しましょう。私は「反日上等!」に100%賛同しているわけではありません。まだ、いろいろと揺れています。しかし、そうした表現が反排外主義の主張から一切排除されてしまえば、「反日」という線引きの向こうに押しやられた「外国人」を不特定多数の目に触れる場で掬い上げ、線引きそのものを問い直す回路が閉ざされてしまうことを憂慮しています。「反日上等!」を正面から支持する他の論者さんよりは一歩引いた位置ですから、そちらから批判されることもあるかもしれません。ですが反「在特会的なもの」を掲げる人間としての思想的立場はそこでも、線引きのまなざしにさらされる「外国人」のひとりとしては、「私は線を引かない」という表明は心強く思います。たとえそれが「ホントに貫けんの?」と疑いの目で見てしまうくらい、軽々しかったとしても。目指すべき方向がそちらであることが、その人にとっては軽く断言してしまえるほど当たり前だということなのだから。
もちろん、同じ方向性の主張であっても「反日上等!」より効果が大きく副作用の少ない表現は模索されてしかるべきです。しかしその類の表明そのものが、デモにはいらないとか、ましてやあってはいけないとか、そういうのはありえないと思います。
個人としてはとりあえず、これから「反日的」な「外国人」を「まあ、あの人たちはちょっと、難しいからね…」と切断して見放しそうになってる自分に気づいたら、自らのうちに向かって小さくつぶやいてみようと思います。「はんにち、じょーとー・・・」と。

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PledgeCrew 「反日」問題, 在特会 すべての外国人を支援しなければならないからこそ、支援者の突出した言動は控えるべきというのが最初の趣旨だったのだが、途中で変な方向へいってしまった感はある。 2009/07/11

必要以上にこじれてしまった気はしますね。仕方なかったんだろうとは思いますが、正直そうなってしまったのは、いしけりさんのふるまいのせいもあるかと…(言っちゃった!
デモに集まった、あるいは集まりうる人が全部「日本人」ってワケではないし、「日本人」のことばが「支援者」としてのそれのみを意味しているわけではないのですよ。どうも、その辺を見落とした批判が多かったように思います。

mujige はんにち・じょーとー, がいこくじん, じゆう, じんけん あー、読んでて涙が出てきた。こちらでも議論継続中です。→http://tinyurl.com/kur2wzhttp://h.hatena.ne.jp/id/mujige 2009/07/11

「日の丸ウンコ」とはお友だちになりたくないとか書いてるヤツですよ、泣いていいんですか?(笑)
ハイクは追いかけ切れていなかったので助かります。大変興味深く読ませていただきました。

hisamatomoki 「反日」問題, 社会 ちょっとズレてないかな……。アレは絶対安全権から、外国人を盾にして石を投げてる人がいたから非難されたわけで……外国人自身が自分の責任においてアレをやるのはまた別問題なような/但し戦術として論外ではある 2009/07/11

読みにくかったかもしれませんが、私は前エントリーで、外国人が「反日上等!」を言うこともありうるということと、日本人がそれを言うことにも独自の意義があるのだという、ふたつの話をしています。
あなたが前提としている構図は単純すぎるんですよ。さらにいってしまえば、表現を受けて解釈する主体としての「外国人」が、あなたの想定の中のどこにも現れていません。私はそれを批判しています。

munyuu 社会, ネタにマジレス 犯罪者を支援していることを誤魔化すのに必死(w 日本は法治国家。外国人だからといって不法は許さない。人治をやりたいなら世界最大の人治国家・中国でよろしく。

法そのものやその執行が適正かどうか、権力を監視しようという発想がないのは民主国家の公民としてどーかと思う。

oldriver ポジション、文脈について。つまり、いしけり氏・安全圏の批判者・かわいそうな外国人・かわいそうでもない外国人。そこに適用される「反日上等」の意味。/しかし、すごく文章が上手い。

上手くないっす。むしろいろいろ詰め込みすぎてド下手くそになってます…
もうちょっとマシにしようと頑張ったんですが、途中で挫折して「これはこれで荒削りな魅力があるってことで!」となってしまいました。

sionsuzukaze 反日的と見られてしまうことと反日であることは違う。反日というラベリングの危険性を承知で上等なのか?戦前非国民のラベリングが何を意味したのか 2009/07/12

今現在「反日」が他称のラベリングでしかない以上、「と見られてしまう」ことと「である」ことは区別できないと思いますが。それから私は、「非国民」のラベリングが今は往時の危険性を持たないように、「反日」もまた書き換えられる、という話をしています。もちろん、かつてのような犠牲を出してはいけませんが。

tano13 差別 「「日本」として区画された領域に暮らし続けることを望みながらも、そこに息づく大日本帝国的なものの名残や自らを排除する制度としての「日本」の解体を望む」=反日上等?要約しすぎ。でもその意味なら同意 2009/07/13

外国人がそれを言うときは、ね。もうちょっとひねって「そう言うことが反日だってんならそれでも構わない、黙るもんか!」ってのもありますよ。ただ、私の文章の中で扱っているのは、かれらの発する「反日上等!」だけではありません。

opemu 社会 パウエルさんじゃないけれど、正しい答えは、「反日」だったとしてどうだというのか? と問い返す事なのだと思いたい。

それだ!

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hokusyu メタブ 論じ方とまとめ方はともかく、内容的には一連の議論の中ですでに何度も提示されていたものだよね。/(ある面では仕方ないのかも知れないが)ある種の人は論じている人が誰かによっていとも簡単にブレるなあ。 2009/07/11

WinterMute メタブックマーク id:hokusyu 誰が、どう語るかで反応が変わるのは当然のことです。"論じ方とまとめ方"は"どう"の部分であって「ともかく」と切り捨てちゃダメです/「自分は"誰が・どう"に影響されない」と思っているならそれはどうかなぁ 2009/07/12

hokusyu id:WinterMute 多分いい大人なんだろうから、「俺は論者の態度によって意見かえます」って公言するのはどうかと思うよ。/あとブレるにしても「あたかも最初からブログ主と同意見だったかのように」語りだす人が多いのは… 2009/07/12

WinterMute メタブックマーク id:hokusyu 態度、と矮小化するのではなくて、同じ内容でも受け入れられるものとそうでないものの差がつくとしたらそれはなぜか、という話ですよ。巧拙だけでなく、伝えるための意志の問題です。 2009/07/13

あー、これはid:hokusyuさんのおっしゃるとおりです。ハイクなどあれを書いた当時フォローしきれていなかった分も含めれば、確かに私の議論は大半が、すでに他の論者さんによって触れられながらも批判者に等閑視されてきた論点を集めて再構築した形になっています。私のエントリーは、書き手のバックグラウンドを開示することも含めて、読ませるためのテクニックをいろいろ使っています。もちろんそれは「伝える意思」ゆえなんですが(だって議論に一石投じたかったワケですから)、だからといってそれを、今までに出てきた見解に耳を傾けなかった言い訳にしていただきたくはありません。すべて書き手の側の問題なんですか?それから、私の文章を受けて考え方が変わったのなら、いままで否定的にしか見られなかった他の論者さんの議論に対しても、改めて読めば異なる感想を持つはずですよね。その辺を見つめなおしてみてください。どうも、あたかも最初から同意見だったかのようにふるまうことで、私の批判を無化しようとしている人がいるような気がしてなりません。
なんていうかね、自分でやっといて弱音吐くのもアレなんですけどね。デモに対して文脈を持ち出して批判しておきながら、「はてサ」じゃない(そしておそらく在日コリアンでもない)「外国人」が出てきて、大げさにバックグラウンドをひけらかしながら悲しみたっぷりたたえて訴えかけるまで、自分が想定していない文脈がありうるという指摘を一顧だにしないってのは、なんだかなあって思いますよ。なんだか発言すればするほど、私個人としては不本意な「中国人」という属性に縛り付けられていくようで、しんどくなってきます。アイデンティティ・ポリティクスの隘路とかいうヤツに、(勝手に)はまり込んでしまう。
はてなブックマーク - 私にも話させて : 「反日上等」論議について(1)とか見てると、悲しくなってきちゃいますよホント。耳を傾けなくていい理由を一生懸命探す前に、目の前の「外国人」からの反論を、ちゃんと正面から受け止めましょうよ。ところで私がうかつにid:sharouさんを引き合いに出したせいで、彼女がブログ主さんから必要以上に攻撃されてしまっている気が…sharouさん、すみません。

ああ、疲れた。こんなに疲れるほどいろいろ言わなきゃいけないのも全部、愚にもつかない差別行為を繰り返す在特会が悪いんだい。
多分、あの人たちは本音では自分の気に入らない「外国人」が堂々と暮らしているだけで不愉快なんだろうから、せいぜいヘラヘラとカンに障るように生きてやろうと思います。幸か不幸か、深海魚はもともとヘラヘラしたカンに障る生き物ですから、簡単なことです。それ見て、血のめぐりの悪そうなアタマにせいぜい血を上らせて、血管爆発しちゃえばいいと思うよ。
「外国人」諸君、あたしたちには、生きることそのものが抵抗だ。

↓すでに血管爆発しそうなあなたはコチラ
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テーマ : 在日特権を許さない市民の会 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 反日上等! 差別 共生 在特会 お返事

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”記号化によって自ら否定してる物に実体を与えてる” けだし名言。はてなブックマーク界隈におけるの鼻つまみ者と目される、Midas氏のメタブコメントである。名言続出の大蟻食ブログー難破船周辺でもうひとつの名言が生じたのは必然である。しかしながら「反日上等」もな...
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