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2009年05月08日(金)

食べるように、眠るように。 

久々に、本を衝動買いしてしまった。最初は教科書や、勉強のために読まなければならないものだけ買い集めようとしたのだけど、気づいたら関係ないものを大量にかかえて、レジに並んでいた。嶽本野ばらの未読の単行本と、上巻だけ読んで放置していたバンギャル ア ゴーゴー 下と、幼なじみがイラストレーターをつとめていると聞いたライトノベルと、それから。しめて、3万円。
部屋にそれらをずらっと並べて、ただでさえ積ん読が増えているのにどうしようと途方にくれながら、とりあえず手近にあった数冊を、ストーリーを追うことさえせずにただ、読み散らした。家から学校までは1時間かかるのに、気づいたらすでに授業が始まっている時間になっていた。あれ、この数時間、あたしは何をしていたのだっけ。

【More・・・】

小さい頃はいつも、こういう本の読み方ばかりしていたように思う。疲れているとき、お昼寝の代わりに児童書を一冊読むと、十分な睡眠をとった後のように爽快な気分になった。頭おかしいんじゃねえかと思うが、実際そうだったんだからしかたない。内容はどうでもいい。気に入ればしばらく空想の道具にすることもあったけど、読み終えた直後なのに、あらすじさえ記憶していないこともしばしばだった。当然、思い出すために読み返すこともない。ただ、常に新しい文字があれば充分だった。
小学校の真ん中くらいになって、もう一つ違う読み方を覚えた。図鑑や辞典を読みあさって、書いてあることを片っ端から頭に入れる。それまでも「覚えること」や「知ること」は好きで、子どもらしくない言葉もいくらか知っていたが、その楽しみが読書とむすびついた。たまたま選んだのが『家庭の医学』だったおかげで、今に至るまで医療は大好物だ。
現実から逃げて眠るように読むものと、知識を食べるように読むもの。長い間、あたしにとって本にはその二種類しかなかった。何かのためという目的をもってものを読むなんて邪道だし、ましてや「実用的」な読書などは唾棄すべき存在であると、かたくなに信じていた。大塚英志が多重人格探偵サイコ〈No.1〉情緒的な死と再生 (角川スニーカー文庫)の後書きで、「これは消費される小説だ」と書いたのをみて、当時のあたしは大いにうなずいていた。消費されつくした本たちは、まるで食べ終わったお菓子のおまけをコレクションするように、色とりどりに本棚を飾った。再び掘り起こされることのない、墓標のように。

それがここしばらくは、重症の教養コンプレックスにかかっていた。読んでは忘れ、知識を「トリビア」的に食べ散らかしてきたあたしには、体系的な知というものがない。歴史を知らない。だって、そういう「優等生」なことは、自分から遠ざけてきたのだから。
たとえば、建築。あたしの目にはただのコンクリートの箱に見えるその四角いものに、内部の骨組みと人の動きを透視し、ああでもないこうでもないと設計図を描いては破り捨てる建築家の姿を見てとる人がいる。あるいは、少し昔の音楽。たまたま入った店で、あたしの右耳から左耳へと抜けていく心地よいBGMに、往時のミュージシャンたちがステージの上と言わず下と言わず、生き生きと動きまわる様を聴きとる人がいる。またあるいは美術。狭い意味での「文学」。
積み重ねに裏付けられたその鋭い目が、耳が、羨ましくて妬ましくて、自分が浅薄に思えてしかたなかった。知らなければならないと思った。学ばなければ。読まなければ。「ちゃんと」読まなければ。子どもの頃のように本を読むことは、もうないのだろうと思った。そのとたんに、ぱたっと、面白いくらい本が読めなくなった。ケータイはパケット定額だったから、文字情報には飢えずにすむ。

それが今日はこのザマだ。この感覚は、久しぶりだなあとしみじみ思った。ずいぶん遠くに来たものだと思った。何だか少しさびしくて、意味もなく笑えた。こんなに遠く離れていたのに、あたしはまだあの頃のように、ものが読める。
学ばなければ、と思ったことをやめるつもりはない。消耗するけれど、ちっともはかどりやしないけど、それが楽しくもあることをあたしはすでに知っている。そうすることはあたしの欲望にかなう。けれど、それ以外を捨て去る必要などない。
知るために読むことに飽きたら、一息ついて食べるように読む。そしてお腹いっぱいになったら、今度は眠るように。そうしてただ読んで、読んで、読む。そうしていよう。そうすればいい。

そういうわけなんで、書物に埋もれて干からびる前に、誰か助けに来てください。

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テーマ : エッセイ - ジャンル : 小説・文学

タグ : 読書 エッセイ

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Comment

普通の本で3万ってのは凄いですね
文庫ラノベなら60冊、徳間ノベルスの厚いので30冊、ハードカバーで10~20冊、学術書で3~6冊、古書で1冊。

パソコンが単なるインターフェイスであるように、本もまた単なる媒体ですよね。
小説、学術書、エッセイ、実用本、読むと言う行為は同じでも、そこで行われている活動は様々。
学術書を読む息抜きに小説を読む なんて本が嫌いな人からすると理解不能な行動らしいですが(笑)

本を読む気がなくなったときは、神保町に行くと良いですよ。
本好きならあの空間に入るだけで血が沸騰しますから。
玉響 |  2009.05.09(土) 16:48 | URL |  【編集】
●はは
まあ、学術書も入ってますけどね。

>学術書を読む息抜きに小説を読む なんて本が嫌いな人からすると理解不能な行動らしいですが(笑)
やりますよね、やっぱ(笑)

神保町はたまに立ち寄るんですが、道を覚えるのが苦手でなかなかなじめず…道案内してくれる人がいないと、どこに何があって自分がどこにいるのかさっぱり理解できません;
それでもあの辺や、本郷・御茶ノ水エリアに用があっていくと、帰りには必ず何かいらんもん抱えてます(笑)
深海魚 |  2009.05.14(木) 15:21 | URL |  【編集】

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