2017年09月/ 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月
2008年09月10日(水)

お勉強って、たのしくないよ。 

ここのところ、子どもに勉強を教える機会が多い。というのは別に子どもが好きなわけでも(むしろ嫌い)、教育に熱意を持っているわけでもなくて、貧乏学生にとっては割のいいバイトだからというさもしい理由からなんだけど。世の中、所詮金だい。
で、そういう仕事をしていると、よくこんなことを言われる。

「うちの子は本当に勉強が嫌いで…困ったもんです」
「もう受験が近いっていうのに、ちっともやる気を出してくれなくて」

…えーと、あの。子どもさんが勉強嫌いだなんて、あっっっっっったりまえじゃないですか!
むしろ、好きな方がおかしい。だってあんなの、楽しくないもの。

【More・・・】

もちろんあたしは、考える楽しみや知る楽しみというものを否定するつもりはない。じゃなきゃ、いまだに学生なんかやっているわけがない。
けれど塾や家庭教師のもとで行われる「勉強」は、そうしたものとは似ても似つかない部分がほとんどだろう。中学受験のためにつるかめ算やら旅人算やらを何十問も繰り返し繰り返し解いたり、九九が覚えられなくてマス計算を毎日毎日やらされたり、年号や歴史上の人物の名前を、興味があるものもないものもひたすら暗記しつづけたり。まあ人間、ただカップのふたをずっと回しているだけでも楽しいことだってあるのだから、こうした作業が楽しいという子も絶対にいないとはいわないけど、ほかの事をする時間をつぶしてこんなことをさせられたら、逃げ出したくなったって無理はないんじゃないか。

とはいえ、楽しくなくてもやってもらわなきゃ困ることはある。とくに小学校で習う内容の基礎段階でつまずいている場合なんかは、遅れを取りもどしたければ苦手な分野の反復練習をしてもらわないことにはどうにもならない。中には「そこまで、やらせなくてもいいんじゃないの」と思うようなこともあるのだけど、そこはそれ。あたしにも生活がかかっているので、親御さんのリクエストには逆らえないのだ。ごめん、許して。本当にごめん。
もちろん、ただでさえできないことをやるのは気が進まないのに、それを繰り返せなんていうのだから当の子どもには苦痛に決まっている。だから教える側は、ひとつ問題を解き、一枚プリントを仕上げるたびにシールやアメなどのご褒美を与えてみたり、問題をクイズ形式にしてみたり、ゲームのスコアのようにテストの点数を競うよう仕向けてみたり、少しでも楽しんで課題をこなしてもらえるように手を尽くすのだ。あるいは「何かを仕上げる・やりとげる」という達成感を感じてもらえるようにほめまくって、うまく利用したりもする。やっている内容が楽しくないなら、形式や結果で楽しんでもらうというワケである。

けれどこれはあくまで、教えている側の問題だ。子どもがやる気がなさそうにしていたら、やる気を引き出せない教師の工夫が足りないという余地は、あるかもしれない。あたしなんかは、自分の腕のわるさを日々思い知らされている。けれど、楽しくないと思ってしまい、やる気が出ない子どもが悪いのではない。だって、もともとあんなの楽しめっていうほうが無茶なのだから。あたしたちはあの手この手で、無茶を通しているのである。
こんな当たり前の話が、受験業界では通用しない。もしかしたら受験業界だけじゃなくて他でもそうなのかもしれないけど、あたしの目にはいるのはまずは中学受験の世界だ。「予習・復習は自発的に」「勉強は本当は楽しいのです、それがわからないのはあなたの努力が足りないからです」「やる気を出しなさい、じゃないと結果はついてきません」ひとたびこの世界に足を踏み入れた十そこそこの子どもに、大人たちのこんな言葉が束になって襲いかかってくる。自発的に、だとか、楽しんで、だとか、やる気、だとか、そういったものを求められるのは、今度のテストで90点取れとか、問題集を明日までに7ページ進めておけとか、そういうのよりもずっとしんどい。いやなことをいやいやこなすだけではダメで、まるで自分が心からお勉強を望んでいるかのように自分の心を作り変えろ、といわれているのだから。ある種の感情労働が、強いられているのである。しかもその成果は、数字のようには目に見えない。「自発性」や「やる気」が十分かどうかは、教師や親の主観にゆだねられている。子どもはどこまでいけば十分なのかもわからない感情操作の迷路に追い込まれていくのだ。従わなければ「悪い子」として道徳的に非難され、おまけに「やる気のないヤツは合格できない」と脅しまでついてくる。
こんなの、まったく倒錯だ。別にこれは(ピーッ)年前に勉強大嫌いな中学受験生をやっていて、耐えられなくて塾に入って3日で「もうだめだー、もうやめてやるー、あたしはもう終わりなんだー」と泣き喚いたことを恨んでいるからじゃなくて、教える側の人間としても心からそう思う。

だからあたしは、いくらお金のためでも「勉強を好きにならなくちゃ」とか、「自分からやる気を出さないとダメだよ」なんて、教え子には口が裂けても言ってやるもんか、と思う。むしろ、こっそり「やりたくないって思ってもいいんだよ、だってこんなの楽しくないもんね」って、耳打ちできる人間でありたい。その後に「でも、やってね★」ってつづくのが、我ながらずるいところではあるけれど。

今夜のひとこと中国語
無理にがんばる→「勉強(ミェンチャン)」
真実を表してるよね!

↓深海魚がバカな理由の一端に触れてしまったあなたはコチラ
FC2ブログランキング
人気ブログランキング
スポンサーサイト

テーマ : 教育って何だ? - ジャンル : 学校・教育

タグ : 教育 受験 感情労働 勉強

【編集】 |  21:18 |  ファイル倉庫  | TB(0)  | CM(2) | Top↑

Comment

>「でも、やってね★」ってつづくのが
なんという鬼畜(笑)

受験勉強なんて学問とはほぼ無縁の存在ですからね.
遊ぶ楽しさより大きい何かが得られなきゃやる気もでないです.
子供にとって 進学先 なんてどーでもいーって事でしょうね.
大人は金の為になら大して好きじゃないことにも時間が避けますからねー.やっぱ大人ですよねー.
頑張って稼いでください♪
玉響 |  2008.09.11(木) 07:40 | URL |  【編集】
●鬼畜です★
最近「ドS」とか「鞭もってそう」とか言われることが多くて困ったもんです(笑)

私は受験勉強を最大限避けて通った人間なんで、受験勉強のつらさをあんまり言うとあちこちから殴られそうなんですが、やっぱり楽しいもんじゃないですからね。進学先も、小学生だと保護者が決めてしまって、たいした魅力も感じられないでしょうし。ていうか、私がそうでした。
>遊ぶ楽しさより大きい何か
そう考えると、模試だの偏差値だのは上手いシステムなのかもしれません。ゲーム感覚で数値を競ったりできるので。もっとも、「まったく勉強しないで何点取れるか」とかそういう変な縛りをいれたくなったりもしますが(笑)

年齢的には大人のはずなんですが、できるかぎり働かずに好きなことをしてたいです(笑)
とはいえ、生きていかなきゃいけないのでがんばらざるをえないのですが。
深海魚 |  2008.09.15(月) 00:23 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

URL
コメント
パス  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック

 | HOME |