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2008年03月19日(水)

秘密の森の少女たち 

ミネハハ 秘密の森の少女たちミネハハ 秘密の森の少女たち
(2008/02/08)
ジャクリーン・ビセット、ナタリア・テナ 他

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エコールの原作にもなったミネハハのもうひとつの映画化作品。便乗っぽい売り方をされる作品の常として、日本では劇場公開されずDVDのみの流通となっています。パクリ丸出しなジャケットのせいでよけい安っぽくなっていて、非常にかわいそう。
舞台は赤ちゃんから17歳くらいまでの少女たちが暮らす全寮制の女子学校。はっきりした時代背景はわかりませんが、19世紀くらいのヨーロッパをモデルにしているのだと思われます。『エコール』が現実の写し絵を描くためにあえて抽象的な描写をしているのに対し、こちらは作品世界内のみで完結するミステリー仕立てになっているため、表現はかなり直接的です。というか、特に前半は説明口調すぎ。おそらくあまり映画慣れしていない層をも観客に想定しているためでしょうが、状況を解説するセリフが多すぎて煩く感じてしまいます。女のコは…というか普通の人間はそんな口調でしゃべらないでしょう。深海魚じゃないんだから。

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しかし、はっきりした描写をしているからすなわちわかりやすいかといわれれば、そうとも限りません。少女たちはあちこちから集められてきた孤児で、公爵の愛人となるために育てられているということが示されているのですが、「どうなっているか」はわかっても「なぜそうなっているか」は逆にぼやけてしまっていました。彼女たちを隔離して厳しい規則でしばり、同性間の愛を罰するのはともかく、なぜその目的を本人たちにはいかなる形でも告げず、「かわいい」ことが大事だとはちらつかせながらも具体的に何が誰から見て「かわいい」のかも一切教えない必要性がわかりません。「イノセントな(異性愛者の)処女」を一夜にして「汚す」ことを求める公爵の個人的な猟奇趣味といってしまえばそれまでですが。でもそれならば、なぜ17才前後という高い年齢まで育て続けたのか不思議です。
そういえば『エコール』では(おそらく原作でも)少女たちへの教育は体育と生物の二本立てになっていました。男性の性的対象となる美しい身体をダンスによって養い、生殖の概念を理解させて未来の子産みへとそなえさせ、スムーズに異性に選ばれて生殖に移れるように教え込むのです。しかし、本作では原題の副題にもなっている少女の身体教育(Physical Education of Girls)のみが取り上げられています。たしか序盤に理科の実験っぽいシーンもあった気がするのですが、それほど注目されている感じではありません。こちらの少女たちはよき淑女になることが期待されているわけではないので、性と生殖のうちの前者だけがクローズアップされているのかも、とか考えました。

ところでこの映画はイタリアとイギリスの作品なんだそうですが、私が見たものには英語と日本語吹き替えの音声が入っていました。英語版の音声を聞いていて気になったのですが、使われていることばが不自然なほど簡素な表現に聞こえました。私は決して英語が得意なわけではありませんが、それでもかなり理解できてしまうほどだったので。ひょっとして、脚本家なり役者の多くが普段英語を話さない人なのでしょうか。それとももともとはイタリア語で撮られていて、英語がすでに吹き替えだったとか?もちろん「自然」な英語を聞き分けるだけの語学力など持ち合わせてはいませんので、印象にすぎませんが。ちなみに吹き替えの方は、実写映画での音声吹き替えが好きじゃないのでほとんど聞いていません。
最上級生が舞台で踊っているところに観客が薔薇の花を投げ込んで生徒を選ぶ、というシーンは「エコール」と共通していたので、原作にもある描写なのだろうということが確認できました。こういうところは比較できると面白いです。
あと、学校のシーンにときどき顔に包帯を巻いた生徒が映りこんでいて気になったのですが、最後まで説明はなされませんでした。これも原作に存在するのか、あるいは私が気づかなかっただけで映画中に彼女の謎を解く手がかりが示されているのか、それともただのアイキャッチャーなのか…いずれにしろ、これは原作を読むしかなさそうです。

全体の印象として、消化不良感のある作品でした。必要以上に説明口調のクセに、肝心のところで登場人物(特に大人)たちが何を考えているのか描かれていないように思います。全体にわたって説明の少ない映画ならばそれもまたミステリアスな雰囲気を演出するのに役立ったのでしょうが、これではバランスが悪いだけです。『エコール』や『ミミ』のように、後からじわじわとすごさが分かってくるなんてこともないし。
とはいえ、この作品から先に観ていれば、それなりに楽しめたのかもしれません。私も含めて、先に『エコール』を観てしまい映像美や世界観に圧倒されたせいで本作に対する評価がよけいに辛くなっている人は多いはずです。実際のところは、決してアーヴィンがダメなわけではなくてアザリロヴィックがすごかっただけなのでしょう。その意味では、不幸な作品だなと。

オススメ度:★★☆☆☆

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ママ、ミミ。
『ミミ』に関しては、周りの大人たちがみな醜悪だと書きましたが、今考えればアレはよくある程度の性格の悪さでしかなかったように思います。少なくとも「おじさん」以外は。そんなありふれた「きたない大人」であっても、イノセントな子どもから見ればどうしようもないほど醜いと。それから、頻繁に登場する「唇」のモチーフを「呑みこむ唇=女性器の隠喩」と解釈しましたが、「詰めこまれる唇」のほうがしっくり来るかもしれません。「受け入れる性」というよりは「犯される性」であると自己認識させられることによって、受身な女性のセクシュアリティを内面化して大人の女性になるという表現だったと思うので。

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テーマ : DVDで見た映画 - ジャンル : 映画

タグ : 映画評 ミネハハ ジョン・アーヴィン ジャクリーン・ビセット

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