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2008年03月16日(日)

遅咲きのひとの狂い咲き 

※ネタバレ注意

・おそいひと
・X51.ORG : 脳性マヒの殺人鬼 — 『おそいひと』主演・住田雅清インタビュー

14日に渋谷のシアターNで観てきました。ホワイトデーの甘ったるいムードなどガン無視ですが、なにか。間違っても泣ける純愛モノなんか観てやるもんか。
というわけで、いざ映画館へ。うっかり1Fのアニメイトに入りそうになったのは秘密です。どうでもいいですがこの映画、あらすじを「脳性マヒの男がヘルパーにきた女のコに言いよるが、フラれてショックで連続殺人鬼になる」とまとめると、ダメっぽい香りの漂うB級サスペンスにしか見えなくなるのが不思議です。

終演後、スタッフさんが明かりにつけにきたと思ったら、よく見るとそれは監督でした。

スタッフ:「柴田監督が急遽いらっしゃいました~」

ちょうどポレポレ東中野では上映最終日だったので、そちらでのトークを終えて駆けつけてこられたようです。急遽すぎだろ!

【More・・・】

本作品は日本で撮影されたものですが、さまざまな問題や批判があったために配給会社が決まらず、先に海外で公開されていました。英題は『Late Bloomer』、直訳すると「遅咲きのひと」となります。監督いわく、最初は邦題をそのまま英語にした「Slow Man」でいこうと思っていたけれど、それは「遅漏」という意味だとわかったのでやめたとのこと。
予告編やパンフレット写真で見ると主演の住田さんはこけた頬でかなりイイからだをしていらっしゃいます。ところがX51.ORGのインタビューでは見るかげもないほど、その…ふくよかになっていらっしゃって、「何それ、カメラマジック?!」とショックを受けたものですが、なんのことはありません。柴田さんによれば撮影自体は2000年には終わっていたそうです。単に、日本で公開されるまでの間に一人の中年男性の体型を変えるに十分な時間が経ってしまったというだけでした。

質疑応答では会場にいたお客さんが「(殺された人たちが)殺された理由が描かれていればもっとおもしろくなったはず」とおっしゃい、監督さんは「殺した理由は、妬みとかそねみとかはあるだろうけれどそれだけ。殺人なんてそんなものだ。私たちは理由が分からなければ快楽殺人などと呼ぶが、それはおかしい。」と答えていました。私も尻馬にのって「殺される理由というのは、そもそもありえない。被害者に騙されたとか、殴られたとかがよく理由としてあげられるけど、大抵のひとはそんなことでは殺さない。理由を求めるのは人間の本性みたいなものだと思っているけれど、つきつめればナンセンスなことだと思う」なんてしゃべり、さらにそれを受けて「二人が『理由がない』とか『ナンセンス』と表現した部分をもっとわかりやすく描くこともできたが、自分は障害者の気持ちをつたえる通訳になるつもりはない」というやりとりがされました。
しかしあの映画に本当に「理由」が表現されていなかったかというと、そんなことはないと思うのです。
ライブの打ち上げで、「住田」に話しかけながらもトークボードを使って答えるペースを無視して、音声言語の速さで会話してしまうヘルパー「タケちゃん」。店で食事する「住田」を無遠慮にジロジロ見るオッサン。「住田」を盗撮し、彼の誕生日祝いを口実にかってに留守の家にあがりこんで憚らない女子大生ヘルパー「敦子」の友人たち。かれらに共通しているのは、「住田」が障害者であるがゆえに、ないがしろにしたり一方的に干渉しても安全な「いいひと」であるとみなす態度です。一見分け隔てなくつきあっているように見える人でも、築かれる関係性は非対称なのです。作中で頻繁に登場するビデオカメラは、一方向性の象徴なのかもしれません。
…あとなんか公園で殺された人がいた気がするけど、正直よく覚えてない(待て)

印象的なのはむしろ、殺されずにすんだ人々のふるまいです。中盤に「敦子」が「住田さんってさあ、やっぱり普通に生まれてきたかった?」と問いかけ、「住田」は笑みを浮かべながら「コロスゾ」と答えるシーンがあります。その後彼女は「住田」から「一発ヤラせろ」と書かれたFAXを受けとり、怒って彼に馬乗りになって「障害者やからって、一緒やろ!」と怒鳴ります。彼女はここではじめて「住田」が自分を傷つけうる存在であり、健常者と同じで安全ではないのだと認めたのです。もし真っ正面から殴りかからず、対等に戦おうとしなければ彼女もまた殺されていたのではないでしょうか。「住田」が障害者仲間の「福永」に刃物をつきつけるけれど、「住田、殺すなら殺せ」と言われてとりおとす場面でも、相手の目を見て彼が自分を殺す力を持っていると認めたことが「福永」の命を救ったように見えました。
だから確かに、殺された人と殺されなかった人を隔てる「理由」はあったのでしょう。けれど「住田」にとって「タケちゃん」たちのように接する人々は周りに大勢いて、もはや慣れっこだったはずです。なぜ彼らだけが殺されなければならなかったのか、そこには理由はないのです。最初にタイトルと英題を見たとき、私は「住田」が「おそい」のは(動作や会話はもちろんとして)恋の目覚めなのだろうと考えていました。序盤の彼はビールをあるだけ飲んでしまったり、散歩にでた帰りにガチャガチャをやるのを日課にしていたりと子どもじみたところがあり、恋をきっかけに遅くおとずれた成長期の趣きもありました。しかし本当に遅く咲いたのは「怒り」だったのかもしれません。あからさまな蔑視だけでなく、差別の裏返しとしての障害者の無垢視に対しても向けられた怒りです。遅すぎたがゆえに、あまりにも激しく咲いてしまったのだと思います。

…とまあそんなことを考えたわけですが、監督のいらっしゃる前では「大ハズレです」と言われるのが怖くて口にできなかったチキン深海魚です。面と向かって言えないことをブログでなら書けるというのも、またおかしな話ではありますが。じゃあなんで完全に黙っていないで中途半端な発言をしたかというと、最初の質問者さんの求めた「殺された理由」というのが、殺されたキャラクターたちが殺されるだけの理由のある存在である証明を欲するのと紙一重のような気がしたからなのでした。
「殺されるだけの理由がある」「嫌われるだけの理由がある」「差別/区別されるだけの理由がある」…
ね、気持ち悪いでしょ?「殺した理由」はありえても「殺された理由」だとか「殺すだけの理由」なんてものは存在しないんだと、そこの区別をはっきりさせておきたかったのです。私たちは悲劇に遭遇すると「合理的な説明」をつけて安心しようとしますが、それは安易に犠牲者非難につながる論理です。とはいえ、しゃべってるうちに混乱したのでご本人には伝わってないと思いますが(ダメじゃん
ちなみに監督のほうとは、トークイベントが終わった後にロビーで会い、私の連れも含めて3人で少しお話しました。途中で閉館時間になってしまって打ち切らざるをえなかったのが残念ですが、劇団態変の話や金満里さんに出演オファーをして断られたことなど、いろいろとうかがえて興味深かったです。

ひとつ思ったのは、私にはモノクロの画面を観るための能力が全然足りていないな、ということ。追悼のざわめきを見たときにも同じことを感じたのですが、画面の中で何がどう動いていてどこを見ればいいのか、すぐにわからなくなってしまうのです。洋物ファンタジーなんかで画面が銀色の鎧を纏った兵士たちで埋め尽くされたときに戸惑いをおぼえてしまうのも、同じ理由かもしれません。要修行です。
ところで本作を観にいった前日、たまたま家で『ボク偉人伝』のPV(HIGH TO LOW ELECTRO(初回限定盤)(DVD付)に収録)を観たんですね。それで、両者に意外な共通点を発見しました。いや、ホントに偶然の一致なんだけど、その…人が手錠をかけられるシーンって、タマンナイですよね。って、何を言ってるんだ私は。そういえばあのラストで、「住田」はなんて言っていたんだろう。

オススメ度:★★★☆☆

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テーマ : ミニシアター系 - ジャンル : 映画

タグ : 映画評 おそいひと 柴田剛 住田雅清

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