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2008年03月06日(木)

そっとしておく、その前に言うべきこと。 

asahi.com:沖縄の暴行事件、米兵を釈放 少女側が告訴取り下げ - 社会
魚拓

 那覇地検は29日、女子中学生に乱暴したとして逮捕された在沖縄米海兵隊員のタイロン・ルーサー・ハドナット2等軍曹(38)について、生徒が同日付で告訴を取り下げたとして不起訴処分とし、釈放した。

 刑法は強姦(ごうかん)や強制わいせつなどについて、性犯罪被害者のプライバシー保護などの観点から、犯罪事実の有無にかかわらず被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」と定めている。

 地検によると、女子生徒は29日、事情を聴いていた検事に対し「(事件に)これ以上かかわりたくない。そっとしておいて欲しい」と述べ、告訴を取り下げたという。これにより、海兵隊員は同日午後8時40分ごろ釈放され、米軍に身柄を引き渡された。

以前言及した沖縄の暴行事件が、こんなことになった。正直このまま、何も言わずに「そっとしておいて」しまおうか、だいぶ迷った。口をぬぐって、何も言わなかったかのように、何も書かなかったかのようにやりすごすのがもっとも「マシ」なのか、と考えた。けれど、やっぱりそれではすまない。だって、あんまりに不誠実だ。

【More・・・】

報道を見る限りでは、被害者とされる中学生が告訴を取り下げた理由として、「(事件に)これ以上かかわりたくない。そっとしておいて欲しい」という本人のことばとともに、メディアやインターネットなど、さまざまな局面での報道や議論が負担になったのではないか、という推測がされている。週刊新潮が被害者宅へ押しかけ取材を行ったことが、決定的な不信感を与えた、とも。もちろん、本当のところはあたしたちには知りようがない。けれど、あたしのものも含め、多くの人が好き勝手なことを言い散らし、書き散らしたことが一因となっている可能性は高いだろう。もちろん辺境ブロガーにすぎない深海魚の日記自体が本人の目に入った確率なんて天文学的に小さいだろうけど、「騒ぐ」人をふやした一人になってしまったことは確かだ。
性暴力の被害者を傷つけるのは、なにも典型的な犠牲者非難ばかりではない。マスメディアによる事件報道も、捜査や裁判の過程で微に入り細にわたって訊かれる事実関係も、果ては「あなたは悪くない」「彼女/彼は悪くない」という言説すら、被害者にとっては思い出したくもない記憶を呼び起こし、さらに傷を広げるきっかけとなりうる。だから元のエントリーを書いたときにはかなり逡巡した…って、これじゃただの言い訳か。

あたしは自分が、間違ったことを書いたとは思っていない。みんなが心を痛めつつも沈黙してしまえば、被害者に配慮して口を閉じるつもりなど毛頭ないセカンドレイピストだけが元気に世迷いごとを垂れ流しつづけることになる。痛ましい事件が起こるたび、それは続くだろう。そんなことを許容してはいけないと思うならば、誰かが声を上げなきゃならない。まあ、「あたしが」それをすべきだったのか、にはちょっと自信ないけど。いずれにしても、今回の事件について公の目に触れる場で発言した人はみな、「被害者(とされる人)を傷つけないこと」よりも他の何かを優先したことになる。だからあたしにも責任の一端はある。砂を噛むように、後味がわるい。それでも、苦さを噛みしめながらも、でもやっぱり間違ってはいないはずだ、とも思う。
だけどせめて、あの日記だけはコメント欄を閉じておくべきだっただろうか。お返事の中で「ご意見・ご批判は大歓迎なのです」と書いたのは本心だ。けれどあたしはそれでよくても、結果的には「少女も悪い」という意見を展示する役割を果たしてしまった。しかも基本的に深海魚はレスが遅い。あの時は免許合宿で自由にインターネットを使えない環境にいたため、いつもよりさらに遅れた。その間、それらのコメントは未反論の「妥当な見解」という位置におかれていたことになる。数日間も放置したので、書いた本人たちも、それらを読んで納得してしまった人たちもあたしの再反論を読まず、「うんうん、やっぱり被害者にも責任はあるんだ」という印象を持ったまま立ち去ってしまったかもしれない。
くわえて、コメント欄では本文にも書いたはずことをひたすら繰り返すハメになった。もしかしたらあたしの文章は「きちんと意味が取れるまで読み込むのもいやなほどムカツクけど、一言文句は言わなきゃ気がすまない」類のものだったのだろうか。あえて「怒り」を前面に出して書いたせいでそうなってしまったのだとしたら、失敗だった。もちろんその「怒り」は演技ではなくて本当に怒っていたけど、怒っていても怒っていないかのように書くことはできた。悲しみや共感に訴えることだってできた。「キレ芸」で人の目を引こうとなんてしないで、そうすべきだったのかもしれない。同じような内容をことばを変えて繰り返すなかで、女子中学生に「落ち度」などないことを示すためとはいえ、彼女が事件の日にとっていたと報道された行動をあげつらいもした。
こうやって並べてみると、反省しなくちゃいけないことばかりだ。つくづく、後味がわるい。

ひとつ言っておかなければならないのは、少女が告訴を取り下げたからといって、それが性暴力の事実はなかったことを意味しないということだ。あたしたちには「真実が何か」なんてことは知りようもないので冤罪の可能性を否定することはできないが、少なくとも容疑者は少女の意に沿わない関係を迫ろうとし、その過程で「キスしたり押し倒そうとした」ことを認める供述をしている。それが覆されていないのに「被害者が嘘をついている」とほのめかしたりするのは、ただの邪推だ。というか、はっきりいってしまえば妄想だ。「狭義のレイプ」がなければ(なかったといってるわけじゃないからね)問題ない、なんてことには全然ならないのはいうまでもない。日本の強姦罪は親告罪なので、告訴取り下げによって容疑者の米兵は釈放されたが、引き渡された基地の側では引き続き彼の身柄を拘束して調査を続けているようだ。複雑な気分だけど、今度こそ静かに調べが進んで、取るべき人が責任を取ることを願いたい。
性暴力の被害者が告訴を取り下げるのは、けしてめずらしい話ではない。そもそも、告訴されて表ざたになる事件など、ホンの一握りだ。あたし自身痴漢に遭ったことは幾度となくあるし、ストーカーらしきものにつきまとわれて家までついてこられたり、もう少しで轢かれそうな距離でバイクで追いかけまわされて手を伸ばしざまにスカートめくられたことだってあるが、警察には訴えなかった。理由はさまざまだ。自分が欲望の対象とされていることに「恥」や「後ろめたさ」を感じてしまうこともある(そういや、バイクで追われたことは言いふらせても、スカートめくられたことは誰にも言えなかったんだよな。なんかカッコわるいような気がして)。家族や周囲の人の理解を得られず、泣き寝入りをすすめられたり逆に自分がしかられることもある。単に忙しくて、面倒だったからということもあるだろう。ていうか、あった。しかし被害者が訴え出ることができない一因は、日本の警察や司法のしくみにもある。
・強姦罪 〜それでも告訴しますか〜
かなり重苦しいけれど、読んでみてほしい。

もうひとつ。「被害者は軽率だった」式の言説は、「米兵」に声をかけられる、というのは見るからに危ない状況である、という意識が共有されていることを無自覚な前提としていなかっただろうか。少なくとも日本の民間人の男性が声をかけるよりは危なそうで、日本の民間人の男性ですら危ないのに何でもっと危なさそうな人についていくんだ、と思っていなかっただろうか。正直にいうと、あたしは思ってた。いや、米兵が危険だと思ってたというんじゃなくてね、軍人でしかも「外国人」と来たら、そうでない人より「コワそう」だと思う人がほとんどじゃないだろうか、とね。正しくはないけれど、人は誰でも偏見を持つ。あるいは「傾向」を元に、ステレオタイプで人を見る。ましてや、いろいろな事件が報道される在日米軍基地所属の兵士だ。しかし、沖縄では事情が違うらしい。
・少女暴行事件:SHINAKOSAN IS OKINAWAN

沖縄県民なら誰でも95年以降、在沖米軍が沖縄の反基地感情を盛り下げるために打ち出している「良き隣人政策」を徹底させてきたことについて知っているはずだ。「海兵隊普天間飛行場の空き地をゲートボール場に解放」、「身体障害者によるスペシャル五輪を基地内で開催」、「海兵隊が名護市清掃に協力」等、新聞を通して確実に報道される政策成果。ハーリーやエイサー大会、大綱引きなど地域の祭りに参加する「良き隣人」として振舞うの米兵の姿は積極的に写真にとられ紙面を飾ってきた。沖縄の文化が「外」の目にもエキゾチックでブレステイキングなものであることを公言するため米兵をレイアウトする沖縄県が彼らを学校現場に登場させてきたことを私たちは見逃してはいけない。

「英語教育のため」「国際交流をしよう」「異文化体験だ」、アメリカのための「グローバリゼーション」のための「米軍再編」を遂行するためのイデオロギーを沖縄人が自らの口を使って発してきた10年間、沖縄県内の小学校に「良き隣人」代表の心優しい兵士たちがやってきては細心の注意を払い「米兵は優しい」キャンペーンを繰り返した。

(中略)

迷彩服の兵士が校舎に入ることについて等、賛否両論紆余曲折はあったものの、イベントは各地で繰り返され、ついには「米兵は怖くない」「アメリカ人は優しい」「基地って楽しい」という感想を沖縄県の小学生が口にするのを私は何度も聞くことになった。これが「良き隣人政策」だ、事件に会った少女の年齢が14歳、彼女はこの政策をまともに受けて育った世代だ。

たとえば繁華街で遊んでいるときに「おまわりさん」が「もう帰りなさい、家まで送っていってあげよう」と声をかけてきたら警戒するだろうか。「先生」だったらどうだ。子どもたちを米兵についていかないように「しつけ」なかったのは、在日米軍でありそれを受け入れた日本政府だ。といって、「アメリカの兵隊さんは危ないんだから、気をつけなさい」と教えるのも、何か違うような気がしてならない。そもそも気をつけてどうにかなるものではない、彼らは現にそこにいるのだから。結局、「彼らが現にそこにいる」こと、それを沖縄に押しつけていることを問うしかない、というところに行き着く。あたしはただ、絶句するしかない。
なお、言うまでもないことだが、被害者がたとえ本当に自分からついていったとしても、加害者の責任は一ミクロンたりとも軽減されないのでよろしく。もちろん被害者だって、被害を受けたことに関しては一ミクロンたりとも悪くない。言うまでもないと書いたが、愚論が正論とまかり通るこんなご時勢じゃ、いくら言っても言いたりない、が本当のところだろう。

さあ、これでやっと口をつぐむことができる。やっとそっとしておける。もちろん何も解決していないし、何も終わってはいないけれど。
なお、このエントリーのコメント欄はできれば開いておきたいのだけれど、場合によっては閉じることもあるかもしれないのであらかじめご了承願いたい。ただしその場合でも、いただいたコメントは消さずに大切に保存しておくし、時機を見て再開放するかもしれない。トラックバック欄のほうは、今のところ閉じないつもりだ。
あ、それから。先日のエントリーで批判した花岡さんですが、ご本人のブログでその後の言論も追っていました。で、はっきり言います。もう「何このクズ」としか思えません。ここに引用して読者のお目を汚すのもイヤなので、どうしてもという方はご自分でアクセスしてください。読後の激しい不快感が予想されるため、あらかじめやつあたり用の道具(無生物に限る)を用意しておくことをオススメします。

↓深海魚にやつあたりしたいあなたはコチラ。残念ながら、魚は生物です。
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タグ : ニュース 沖縄 基地 責任

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