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2007年06月22日(金)

更新ペースが戻りません 

・・・でも、がんばる!

■「今夜の謂いたい放題」Moviesに1件追加しました。基本的に皆が好きなものを叩きたくなる傾向があるので(笑)辛口評価です。
ところで誰か一緒に『TOKKO-特攻-』観にいきませんか?まだ公開まで1ヶ月ありますが、できれば『俺は、君のためにこそ死ににいく』を観た人たちにお付きあいいただけると面白いんじゃないかなあと。

■しばらくネットにあまり触れずにいた間に、ワシントンポストに慰安婦問題について歴史修正主義丸出しの意見広告を出した人たち(国会議員含む)がいたとか、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が記者会見で南京事件否定論をぶったとか、いろいろと暗澹たるニュースが聞こえてきて頭を抱えている今日この頃です。
もう既にあちこちで語りつくされているでしょうから個別には取り上げませんが、国内外のこういう動きはバッチリ海外に捕捉されていて、何かあるたびに米下院の慰安婦非難決議案の賛同者が増えていってるわけですが。なんで、こんなに自爆ばっかりしてるんだろう。このまま行くと決議案、通っちゃいますよ?

つぶやき
何ひとつ下心などないはずの交友が、ふと気づくと距離の読み合いに発展していることがある。
人間関係こあい。

↓怖いのはお前だ、と思うあなたはコチラ。人畜無害ですよう?
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テーマ : お知らせ - ジャンル : ブログ

タグ : 更新履歴 お知らせ 歴史修正主義

【編集】 |  23:44 |  更新履歴  | TB(0)  | CM(6) | Top↑

Comment

はじめまして、はいじんです。
鬱ですが、よろしく!
はいじん |  2007.06.25(月) 00:00 | URL |  【編集】
こんにちはm(_)m
授業中ですが、暇なんでコメント付けます。

「僕は、君のためにこそ死にに行く」は僕も見に行きたかったんですが、あまりに石原慎太郎の思想が鼻についたんで見に行くのをやめました。
僕の周りは右寄りの思想の人が多く、僕自身もご多分に漏れずそうですが、特攻隊員の献身と報国の念には敬意を払いますが、特攻作戦自体に関しては戦略的にも思想的にも評価に値するものではないと思っています。

この映画を見に行った友人も「特攻隊員だけでなく特攻作戦、ひいては太平洋戦争を美化しているように感じる」と言ってました。

特攻作戦の意味について問われたとき大抵の人は「国民精神の発露」と答えると思います。
しかし僕に言わせれば、国民的熱狂がどういう悲惨な結果を生むか、その答えを後世に残したに他ならないと思っています。
そしてそれはそのまま太平洋戦争の意味についても当てはまると思っています。

もちろん僕は太平洋戦争というものが残したものが消極的なものだけとは思っていません。

戦争を数字やデータで捉えれば、確かに戦争はほとんど絶望的なものです。
しかし、その時代に生きた個人個人に目を向ければ、また違った意義が見えてくるんじゃないかなと思います。

本来戦争などというものを評価する場合、あくまでも精神ではなく理性でもって評価するべきですが、僕はその時代に生きた個人をあまりに多く知りすぎました。
その僕が戦争や特攻についてつらつら述べるのは何とも不合理な話ですが、二日酔いの男が書いた世迷い事と思ってご容赦ください。

まあ、『TOKKO-特攻-』はドキュメンタリー映画だし、見るのも悪くはないと思っています。
では、最後になりますが、僕にとって心に残っている遺書があるのでそれを載せて最後とします。

陸軍衛生伍長 伊藤 甲子美命 二十六歳
マリアナ島にて戦死


季代子 かう呼びかけるのも最後になりました。短かつたけど優しい妻でした。
有り難く御礼申し上げます。
まこと奇しき縁でしたけど、初めて幸福が訪れた様な気がして嬉しく思つていました。
折角永遠の誓ひを致しながら最後になりますのは、何かしら心残りですけど、
陛下の御盾として果てる事は、私にとりましても光栄と存じます。
短い生活で、もう未亡人と呼ばれる身を偲ぶとき、申し訳なく死に切れない苦しみが致しますが、
すでに覚悟しての事、運命として諦めて頂きたいと思ひます。
若い身空で未亡人として果てる事は、決して幸福ではありませんから佳き同伴者を求めて下さい。
私は唯、幸福な生活をして頂きますれば、どんな方法を選ばれませうとも決して悲しみません。
さやうなら季代子、何一つの取り柄のない夫を持つて、さぞ肩身の狭き思ひで有りませう。
至らない身、お詫びを致します。
何日の日か幸福な妻にさして上げたく思ひ乍ら、その機会もなく心残りでなりません。
どうぞ御健やかに御暮らし下さいます様、お祈り致しています。さやうなら。

昭和十九年五月三日 伊藤 甲子美
季代子様

ジパング |  2007.06.25(月) 16:38 | URL |  【編集】
>はいじんサマ
はじめまして、深海魚です。
バカですが、よろしく!

>ジパングサマ
こんな長文を・・・ずいぶん暇な授業中ですね(笑)

件の映画、私には「美化」というより「思考停止」をさせようとしているように感じました。特攻を命じた長官さえ「仕方なくやった憎まれ役」として描かれてて、悪役がいないんですよ。「悪」は日本軍の追いつめられた状況そのもので、みんなそれぞれ悪の中でもがいて生きていて美しい、みたいな。なんでそんなに追いつめられたのかとか、誰に責任があるんだとか、そういうことは考えないように隠そうとしてるな、と。
でも人物描写が薄い上に語り手の世界観と映画全体の世界観がズレていたりして、そもそも何がしたいのかわからない作品になってたので、美化も思考停止も失敗してると思いますよ。人の思考を左右するような力は全然ない、というか。

>特攻作戦の意味について問われたとき大抵の人は「国民精神の発露」と答えると思います。
そうなの?初耳だあ・・・
自分はどうも、特攻隊に限らず戦死や戦争死に普遍的な意味を与えることに抵抗があります。他人が勝手に意味づけをすること自体、「死」を簒奪しているように感じてしまって。生きているものが「誇り」なり「記憶」なりを共有するために死者に特定の意味を与えて道具に使うのは、やっぱりなんかいやですね。特に国単位でそれが行われるのは勘弁していただきたいです。まあ、それを言ってしまうと語り継ぎも追悼も難しくなっちゃいますが。

私も出征された方や「銃後」で苦労された方をそれなりに知ってはいるのですが、少なくとも同じくらいの数だけ、中国で日本軍によって被害に遭った人も知っていたりします。だから、個人個人に目を向けようにもどこをクローズアップしていいのか、誰に寄り添っていいのか全然わからないんですね。
一口に「献身と報国の念を尊敬する」といっても、誰を尊敬していいのかわからないし、そもそも報いられてる「国」が「私の国」なのかどうかもよくわからないのでどうしても一歩退いて見てしまいます。
もちろんだからといって私が中立不偏なわけでは全くなくて、私なりの政治性はあるんですけどね。

ああ、石原映画並に何が言いたいのかわからなくなってきた(笑)
深海魚 |  2007.06.27(水) 01:01 | URL |  【編集】
●あーっと
いまさらですが、「特攻作戦の意味」っていうのは現代的な観点から見た「意味」ってことでいいんですよね?後世に残したもの云々ってことは。
でないと私のコメントが激しくトンチンカンなことに…作戦の意味を問われてるのに死の意味を語ってる時点で、もとからトンチンカンな気もしますが。

ということは、現代からみてあの作戦が「国民精神の発露」を果たせていると思う人が大勢いるということに…
不思議なメンタリティだなあ。
深海魚 |  2007.06.27(水) 08:39 | URL |  【編集】
こんいちは。
全財産が520円な僕です。

「特攻作戦の意味」っていうのは現代的な観点から見た意味」ってことでOKです。

右寄りの人は特攻を「大和魂の発露」なんていう言葉で評したりしますが、左翼傾向のリベラル思考の立場にある半藤一利は「陸軍は海軍に、海軍は陸軍に張り合うための、宣伝のための作戦」といった言葉で特攻を評していました。

これはこれで一つの正しい見方だと思います。
実際、戦時中にも海軍はレイテ海戦において海上戦力をほとんど喪失していたにもかかわらず陸軍に虚勢を張るため、一時的な作戦だった特攻を常態化したという事実もありますし…


特攻作戦と言うものが軍事的に最大限好意的に見ても、「戦術的・戦略的に絶望的なものであり、統率の外道」である以上、
その意義を見つける場合、精神的な側面から評価するしかないのかなぁ~という気はします。


ジパング |  2007.06.27(水) 15:19 | URL |  【編集】
●そんなコト言っても
奢ってあげませんよ(笑)

半藤さんって、左翼だったんですか?!穏健な保守の人だとばかり思ってました。半藤・秦・保阪で3人セット、みたいな。
…それはそれでどうよって感じではありますが。

「特攻作戦の意味」と言ったとき、そこには大きく分けて3つくらいの含意があるように思います。1、作戦の立案者から見た「目的」 2、それが当時実際には度のような効果をもたらしたか 3、現代の価値観から見て、それを歴史にどう位置づけるか という。
半藤さんの見方は1か2で、ジパングくんの意見は3の視点なのでそもそも次元が違う話じゃないでしょうか。少なくとも、後の人に教訓を残す「ために」特攻させたわけないじゃですから。個々の司令官や隊員の中にはそういう意識をもった人もいたかもしれませんけど、それはあくまで副次的なものでしょう。
「大和魂の発露」ってのは…どんな「魂」を発露させたつもりなのか私にはよくわからないんですけど、犠牲を国民に納得させて更に犠牲を提供させるための思考停止のフレーズのように思います。ことが済んだあとで自分を納得させる、という効果ももってたかもしれませんね。
…ちょっと高橋哲哉の『国家と犠牲』とか保阪正康の『「特攻」と日本人』に影響されすぎかな、自分。

思ったんですが、無茶な作戦だったなら「無茶だったね」と言えばいいのであって、どうして無理を承知で「意義」を見つけて正当化しなきゃならないんでしょうか?作戦を否定することは個々の隊員を否定することとイコールじゃないでしょうに。
サヨク(自称)の私から見ると、大和魂うんぬん言っている人たちの方が、後の世代が「誇り」とやらを共有するための道具として「英霊」や遺族を利用しているように思えてしまいます。
深海魚 |  2007.07.02(月) 10:59 | URL |  【編集】

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