異文化理解、だって?
そうだった、腕の神経やられてたんだった・・・
というわけで、腫瘍のエコー検査を受けてきました。エコーは一般的に苦痛のない検査とされていますが、検査器を患部や周りの神経に押し当てるのはかなり苦痛です。もうね、内心
「だめっ、ソコ(神経)をグリグリしないでぇえ〜…あぁんっ、(痛くて)死んじゃうぅ!」
って感じでした。強い子でありたいのでなるべく声にも表情にも出さないように頑張ったのですが、明らかに「ギャッ」とか「ウグッ」とか鈍い悲鳴が漏れまくっていたものと思われます。情けない・・・
超音波画像の読影のどこに一週間もかける気なのか、小1時間問い詰めたいのは私だけでしょうか。看護師:「結果は一週間くらいで出ます」
私がお世話になっているかの腫瘍診は木曜午後のみで、しかも予約もその先生がいる木曜午後に電話しないと取り次いでもらえません。そして、19日は休診。
・・・なあ、ナメてんのか、そうなのか?
いいや、急を要さないんだと前向きに考えよう。というわけで、腕が痛いけれど26日までじっと我慢の子です。痛いの痛いの、飛んでゆけ。
ところで、木曜午後は必修の授業(落としたら即留年)が入っているのですが・・・どうしましょう。
■と、病気の愚痴ばかり書き連ねても仕方がないので先日予告した話題を。
【More・・・】
その日私は、学校で文化人類学の基礎を勉強していました。しかし今では「文明」対「未開」という二項対立自体が成立しないこと、そもそも「未開」という言葉自体強い差別を含んだ問題のある概念であったこと、などを説明したあと。先生:「かつての文化人類学者は、<文明社会>から遠く離れた<未開社会>と呼ばれるようなところに赴いてフィールドワークをするのが一般的でした」
・・・あれ?先生:「そのこともあって、今では自分の生きる社会の中にある文化的差異、自国の中の異文化を研究対象とすることも増えてきています。例えば、私たちだったら『在日』の人たちや移民、民族学と民俗学が交差する領域としての沖縄などですね」
先生:「移民の子どもなどの場合はいくつもの文化を経験しているかもしれませんが、年齢や期間によって根幹となる文化は決まってしまいます」
私がどこに「あれ?」と思ったのかは、お分かりかと思います。
なんで、語りかけられている「私たち」みんなにとって、「在日」や移民、沖縄の人々が「異文化」にあたると想定されているんでしょう?「私たち」は皆「在日」ではなく、移民でも沖縄県出身でもないしその他「異文化」と目されるような背景をも持っていない「普通の日本人」だと、どうして言い切れるの?少なくとも私は違うんですけど。私(たち)が存在しないことにされちゃってますよ?
以前別の記事で「在日」と「犯罪」ということに触れて
と書きましたが、つまり見た目でそうと解らないマイノリティはあえて名乗らない限りマジョリティであり、そこには存在しないと見なされるんですよね。あなた方が「普通の日本人」と仮定して日々すれ違う、肌が黄色くて日本語を操る人たちの中に、彼ら彼女ら(犯罪を犯していない『在日』)はいる。
こうした「日常の中の異文化」を理解することが大切だ、と先生はおっしゃっていましたが、身近な異文化理解の重要さを説くような人にとってさえ「異文化」はクラスルームと言う日常の中には存在しない程度には「非日常」だと思われているんでしょうか。日本の中に暮らし、「日本文化」を「もっとも身近な異文化」や「自分の文化の一つ」として経験しているような人間は、今は自分の目の前にはいないけどもしどこかで出会うことがあったら尊重してあげなくちゃ、くらいの意識なのかなあ。
あと、根幹になる文化って言い方もちょっと引っかかります。一応言語・習慣の違う二つの地域(日本・東京/中国・天津)を行き来して育った身として、どの国/地域に何歳のとき何年いたらどのくらいそこの文化に「近くなる」という単純なものではない、という実感があるんですよ。その人が誰と暮らし、誰と交際し、隣人や地域社会とどのような交流を持っていたかが大きく影響してきます。同時に二つ以上の文化に浴して育った場合(例:国際児、子供のころに移民した1世、親が移民1世である場合など)、子どもの中ではそれらが複雑に接合されるのでどれがどれ、と自分でもはっきり区別できなくなったりしますし。そもそも、根幹って言ったって「根」(最初に触れたもの)と「幹」(もっとも強く影響されるもの)が一致してないこともザラです。どこにどのくらいいたからコイツにとってコアとなる文化はこれだ、と第三者に簡単に決められる話ではありません。
ところで「根幹になる文化」って母語や母国の話とも似てますよね。個人的に「何が私の文化か」「何が私の言葉か」「どこが私の国か」を決める/名乗るのは私に固有の権利だと思ってますので誰にも譲り渡すつもりはないのですが、「何が私の文化(であるはず/べき)と言われているか」「何が私の言葉だとされるか」「どこが私の国だと思われるのか」を探っていくのは興味深いです。言うなれば、そう。「敵の手の内を探る」という感覚。客観的だか科学的だか世間様の常識だか知りませんが、私がいかに在るはず/べきかを勝手に基準に当てはめて決定してしまう「敵」から決定権を取り戻すために、反論するために相手の主張を知る取り組みだと思っています。にゃーんてにゃー(古い)
・・・我ながら、性格悪いんじゃなかろうかと思うくらい細かい話をしてしまいました。別に先生も他意があったわけじゃないんだろうっていうのはわかってるんですよ。少なくともあの教室にいるうちの圧倒的多数が「日本人」であることは確かでしょうし、ざっとした説明なら少数の「例外」に言及しない大雑把なものになってしまっても仕方ないのか、とも思います。
けれどね、文化人類学を教え異文化に関心を持てと呼びかける人にこういう言い方をされるのは、やっぱりちょっと釈然としません。私は「学校の先生」というものに期待しすぎなのかなあ。
■オマケ
行きつけのタバコ屋にて。
お主、できるな!私:「すいませーん、DJ Mixのイチゴ1箱ください」
後ろの客:「DJ Mixのイチゴ1カートンください」
ちなみに割と最近売られるようになったピール・メンソールオレンジとブラックデビル・ピンクローズ 、速攻で試してみた鉄砲玉ブロガー(自称)深海魚&愉快な仲間たちの感想は「死ぬ・・・」だったのですが、ネットで見てみると以外に評判悪くない様子。味覚は人それぞれでございますね。
↓DJ Mixの時点で既に死ねる喫煙者はコチラ。フレーバー付きはなぜか喫煙者に嫌がられます。


いやよいやよも好きのうち、で、そのうちだんだんそれらナシにはいられなくなるかもですよ(笑)
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二度と買ってやらね(泣)
ってかメンソールがもともと嫌いですたい(泣)
あとピンクローズも嫌いだ
むしろこっちのほうが嫌いw