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2007年03月15日(木)

いのちと倫理のお話 

■帰り道、突然医療関係の本が読みたくなったのでジュンク堂にお立ち寄りしました。我ながら妙な習性だとは思いますが、小学生くらいの頃から時々居ても立ってもいられなくなるほどそういうのが読みたくなることがあるのです。特に小学生高学年のころは、たぶん人間より活字と多く会話してました。
ちなみにそんな深海魚は現在、ドのつく文系だったりします。数字、読めないんだもん。

障害新生児の生命倫理―選択的治療停止をめぐって 障害新生児の生命倫理―選択的治療停止をめぐって
ロバート・F. ワイヤー (1991/02)
学苑社

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いくら机とイスが標準配置されている本屋とはいえ、1円も払わずに丸々1冊読み通すのは気が引けたので拾い読みですが。
重度の障害を持った新生児に対する医療停止に関しての基本的な本です。頭に万年春がきている文系小娘にも読めたので、内容的には難しいものではないと思われます。ケース紹介が豊富なのもありがたいです。

【More・・・】

気になったことをいくつか。といっても、一番気になるのは、果たして私はどんな立場からこれを書いているのか、書く資格があるのだろうかということだったりします。

最終章の臨床への応用で、筆者は重い障害を持った新生児を3つのカテゴリーに分類してそれぞれに対する治療方針を提案しています。1つめは重症のキアリ奇形など、現在の医療では救命することが難しい疾患。これに対しては、治療停止を基本方針としています。2つめは、たとえ助かっても短命で大きな発達が望めないとされる病気。テイ=サックス病、レッシュ=ナイハン症候群、18トリソミー、5p-症候群(書中では猫泣き症候群。当事者のご家族などがこの呼称に反対しているので、ここでは原因となる5番染色体短腕欠失を示す5p-の呼び方を使います)がここに分類されています。これらの病気を持った子どもに対しては、積極的な治療を行うかどうか選択の余地がある、とされています。3つめは十二指腸閉塞を伴うダウン症などより軽いとされる奇形や障害を持って生まれてきた子どもたちで、彼ら彼女らに対しては治療を行うことが前提です。
しかし、例えば2つ目のグループに分類されている5p-症候群に関しては、現在では幼少期の合併症を乗り越えれば、生命予後は良好と言われています。他の病気でも個人差が大きく、一概に短命で発達が望めないと言い切るのは早計ではないかと思います。結局、第2のグループは生命予後を基準としていないということでしょう。そうすると、基準になっているのはその後に望める知能の発達であると判断せざるを得ません。知能や自我の発達がある一定程度しか望めない人間に対しては、他人が彼/彼女が生きる価値があるのか決めてしまう、ということが許されるのでしょうか。

また、救命が難しかったり短期の生存しか望めないから治療を打ち切ってよい、あるいは無理に助けようとするほうが残酷である、というのにも少し疑問があります。わずかな延命しか望めないから治療をしない、というのはそのわずかに延命された分の命が無価値である、あるいは本人にとっても周囲の人間にとっても治療の労力に見合わない、ということになります。しかし、「見合わない」とされるのはどのくらいまででしょう?数年?数ヶ月?(非常に不謹慎な書き方をして申し訳ありません)たとえ数日や数時間という短い間であっても、その時間を生き延びることが当人や家族にとって意味のないことである、と決め付けることは私にはできません。
ただし、医療の現場において一昔前はダウン症でさえも予後不良であるから外科手術などは控えるべきであるという意見が優勢であったという話も聞きます。18トリソミーなどでは、少し前まで医学の教科書などには「予後絶対不良、積極的治療の対象にならないとされる」という記述があるのみであったそうです。(参考:18トリソミーの会 - 臨床医の立場から
重い障害を持つ新生児にも、状況によっては積極的な治療を施すことを考えるべきなのでは、少なくとも両親や家族の意向を尊重すべきなのでは、という方針が出てきたこと自体、割と最近のことであるようです。それを考えると、今から16年も前に出版されたこの本が重症児の治療を一律に停止すべきではない、という立場に立っているのは先見の明があったのかもしれません。
ただ、こうした救命可能かもしれない子どもに対する治療停止は、おそらく過去のものではなく現在も各地で行われていると思われます。フィクションですが、最近ではブラックジャックによろしく (3) / 佐藤 秀峰、長屋 憲 他に取り上げられた双子の未熟児の片割れが記憶に新しいことでしょう。

この問題を「安楽死」と呼ぶのは適当でないような気がします。薬物などを与えて積極的に死なせることが許容されていない以上、強力な治療を中止して基本的なケアだけで様子を見る、あるいは栄養や酸素の補給を停止する、という方法を取らざるを得ません。症状が治療されないままで、あるいは生存に必要な物資を絶たれての死が「安楽」であるとは、言えないでしょう。
また、新生児の医療を停止する基準は、特に日本においては成人のそれよりゆるいものになっています。成人の場合は、積極的に治療しても近い将来の死が避けられず、なおかつ本人に耐えがたい苦痛があるいわゆる「終末期」が、多くの現場で治療停止を考慮する条件になっていたと記憶しています。もし新生児の医療停止の判断基準が普遍的なものならば、ある症状を持った新生児に救命努力をしないという基準を作ることは、同じような状態にありながら既にこの社会で生きている人々の生を「生きるに値しないもの」として否定することに繋がります。一方、もしこの基準が新生児だけに適用されるべきものであるならば、新生児の命の価値はそうでないものよりも低い、ということになってしまいます。作中で指摘されているように、子ども、特に新生児の人権や法的地位は成人のそれより低いものであるととらえられる風習が、社会に存在するということです。これはひいてはその社会において子どもの権利がどのようにとらえられているか、という別の問題にも繋がっていくことでしょう。

もちろん、全ての例に対して助命を試みればそれで済むわけではありません。文中でも臨床医たちの間で、新生児に対する治療を行うか否かを決定するときにその家庭の社会的・経済的状況を勘案すべきかどうか、両親の意思(特に、両親が手術や治療を望まない場合)を受け入れるべきかどうかで議論がなされている様子が示されていますが、なぜ社会的・経済的状況を考慮しなければいけないのか、なぜ両親に決断させなければいけないのか、という点に関しても十分考えなければいけません。つまり、それは一定の条件がなければ障害や病気を抱えた子どもを育てるのが困難である、ということを示しています。簡単に言えば、公的な援助や子どもの生存権の保障が不足しているということです。極端な話、行政が十分な支援をしないことによって、育てるのにコストがかかる子どもの死を両親や医療関係者を通して間接的に促しているとさえ言えます。この辺の視点は、本書からは抜け落ちていると感じました。
しかし、現実問題子どもの養育が両親(特に母親)の肩にかかっている以上、彼らの意思を無視するのは正しくありません。また、個々の事情を排した一律な基準を作ってしまえば、それは子どもの、果ては人間の「生きるに値する資質」を社会が決定しそれを満たさない者を死に追いやることから逃れることはできません。意思表示のできない新生児が対象となるからこそ、結局家族や医療関係者が一人ひとりに対して責任を持って判断をしていくしかないのでしょう。そしてそれは、どのような結論に至るにしろ苦しい決断であることだろうと思います。
ここで冒頭で書いた話と繋がってくるのですけれど、そのような当事者たちに対して第三者である私が「あれは許されるのだろうか、これはどうこうすべきだ」などと自分を棚に上げて口を挟むこと自体、とんでもなく傲慢な姿勢であることを、心に刻まなければいけないのでしょう。いかなる場で発言するにしても、これだけは忘れちゃならないことだと思います。

オススメ度:★★★★☆
考える上での、土台となる1冊として。

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テーマ : 生命倫理・医療倫理の本 - ジャンル : 本・雑誌

タグ : 書評 生命倫理 新生児 障害 ロバート・F. ワイヤー 治療停止 安楽死 医療倫理

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Comment

●ちょっと補足
どうも寝ぼけながら書いたようで、われながらあまりに浅薄だったので。
本人と周囲の人間(特に家族)の利害は必ずしも一致しません。家族の希望を聞いても本人の利益を守ったことにはなりません。はい、基本ですね。

とはいえ本人は意思表示ができないのでどーしたもんかと思ってたんですが・・・最近知ったんですが、こうした問題に詳しい第三者を介入させて、その人に本人の利益を代弁させる、という方法があるそうです。にゃるほど。
深海魚 |  2007.05.26(土) 00:34 | URL |  【編集】

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