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2007年01月08日(月)

「家族」をめぐって 

■はるか昔に旧版で少しだけ読んだ漫画の新装版を最近、人に借りて読み直しました。というか、このブログにもコメントくださってる「あしがる」サマにお貸しいただいたんですけどね、ハイ。

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簡単にかいつまんであらすじを説明すると、家族に虐待を受けて自堕落な生き方をするようになった高校生・睦月が、しっかり者の小学生「菜摘ちゃん」との出会いと交流を通して徐々に心を開いていきます。ところが、この「菜摘ちゃん」も二人暮らしの父との間に軋轢を抱えているのです。このわだかまりを解消するために、睦月が菜摘を連れて家出をしたり、狂言誘拐を試みたり色々と活躍します。彼の尽力があって最終的に父子は仲直りし、菜摘の父親が睦月の父親役も買って出ることになって、大団円。

【More・・・】

作中では、睦月がクラスメイトをはじめとする様々な女性とセックスをし、はてに幾度も望まぬ妊娠と中絶をさせてしまう様子が描かれます。それに対して睦月は「俺は相手の喜ぶようにしただけ」「俺や子ども(妊娠した胎児)のことなんか(相手の女性たちは)誰も考えてくれなかった」というようなことを語ります。女の側への責任転嫁ですね。そして、それは女へのひねくれた甘えである、という指摘が登場人物の2人の教師(菜摘の父親と美咲)からなされています。
私から見ると、それはちっともひねくれてなどいなくて、女性に自身を犠牲にした無償の愛を求める態度、要するに「母の愛」へのストレートな欲求であるように思えます。出会った当初の菜摘の睦月への関わり方も、そういえば母親的です。つまり、彼は関わりを持った女たち全員に「母親」を求めていたわけ。
しかし、当の女たちは若干小学生の菜摘をはじめ、高校のクラスメイトなど、本人もまだまだ子どもであることも多かったのです。母に代表される家族からの愛を絶たれて「子供」でいられなくなった睦月は、その代償を女たちに求めることで彼女たちを「母親」に仕立て上げ、「子供」の座から引きずりおろそうとしているというねじれた連鎖関係が、そこには見て取れます。度重なる妊娠騒ぎから彼が避妊をしなかったことが伺えますが、それも女は母であってほしいという願望の現われでしょうか。女からすると、たまったもんじゃないけど。

菜摘の父親と擬似的な親子関係を結んだことで睦月は「正しい」甘えの対象を手に入れ、菜摘も母親の真似事をやめて本来の姿である「子供」に戻ることができた、というのがこの物語のハッピーエンドです。作者のメッセージはタイトルに集約されています。本来愛され保護されるべき存在であるのに「せめられる」=「子供」としての立場を奪われてしまった2人の子どもが、あるべきポジションを回復していく物語なのでしょう。
家族」に傷ついた2人は家族的なものに絶望するのでなく、新たに理想的な家族関係を築き直すことを選びました。ここでは、暴力や感情のすれ違いに満たされた過去の家庭が「偽り」家族であり、これから愛に満ちた「真の」家族を形成するのだ、という対比が描かれています。注目すべきは、この「真の」家族が理想の母を持った血縁家族の修復ではなかったことです。理想の父を保護者に据え、「夫婦」でなく「親子」を軸にした非血縁家族(血が繋がってる部分もあるけど)を作り上げるという形に、一般に考えられる「幸せな家族」像とは違う、もう一つの家族のあるべき姿が示されているように感じて私は「すごい」と思ったのでした。
けれど、「3人は幸せな家庭を築きました、めでたしめでたし」で終わるほど、愛で繋がる「真の」家族を形成することは容易ではありません。親密な人間同士には、親密だからこそ、愛しているからこそ、権力関係が入り込みます。きっと彼らはこれからもごたごたを繰り返しながら、よりよいあり方を手探りで求め続けていくのだろう、というのが私の勝手な想像です。
この、子どもの叫びを代弁したかのようにも思える作品が最初に刊行されたのは、「きみとぼくコミックス」というやや年齢層高めの少女マンガシリーズの1作としてです。作者のメッセージの宛先は、主に10代後半から20代くらいの女性、ということになります。この辺も併せて考えると、更に見えてくるものがあるんじゃないでしょうか。と、人任せに投げ出してみる。

オススメ度:★★★★☆

読み終わって本をお返しした際に、私は「すごかったです。でも単純なハッピーエンドじゃない気がする・・・」というすさまじく頭の悪そうな感想だけ口にして、後はうまく言葉にできないし、できたとしても野暮なツッコミにしかならないから、と言葉を濁しました。その「野暮なツッコミ」の中身はこんなだったわけですね。
わぁい本当に野暮だ。しかも頭わるい。

■家族といえば、我が家で両親がよく口にする、ものすごく引っかかる一言を思い出します。
「お前が結婚するまでは、自分たちが責任を持つ。結婚したら相手が責任を持ってくれるから」
ツッコミどころとしては、私はどこまで行っても責任を持つ方じゃなくて持たれる方なんかい、と。いい年こいて、自分の人生についてさえ誰か別の人に責任取ってもらわなきゃならんのですかいな。そもそも私が将来結婚するかどうかなんて私自身にだって分かりゃしないのですが、独身でいる限りいつまでも親に保護される「子供」のポジションが割り当てられているわけですね。
ここに見て取れるのは、未婚の娘は父の主宰する家に属し、結婚すれば夫の主宰する家に属すという、近代家族における女性のあり方です。自らの生を自分でコントロールできない立場におかれるからこそ、責任を取ることからも免除されている(というか、禁止されている)と言えます。

私の家は父と母と子2人という頭数の上でこそ「標準的な家庭」の要素を取り揃えていますが、生活習慣や今までの経緯において「仕事一筋の父と、子ども思いで専業主婦の母」という家族のステレオタイプからは大分ずれた生活を営んでいます。上の段落で書いたような女の生き方は、当然このタイプの「良妻賢母」のためのものですので、本来ウチには適さないはずです。「一般的な家族」から少し離れたところに生きているにもかかわらず、娘には「一般的な家族」用の人間像を求めるのは、どうしてなんだろう。
もっとも私には長女としての「良妻賢母」への期待だけでなく、長男的な「立身出世」への期待も同時にかかっていますので、さらにややこしいことになっていますが。中国では専業主婦が少なく、既婚女性も多くはフルタイムで働きながら家事と育児を両立させていますので、ひょっとしたら中国型スーパーウーマンになってほしいのでしょうか。でも、あまり文化を共有していない私から見ると、「超人かよっ」としか思えません。

「不幸な家族は様々だが、幸せな家族は一様だ」という言葉があります。本当にそうですか?
「幸せな家族」という言葉自体に、「よく働く父と、家事上手で優しい母と、無邪気な子供たち」というイメージが既に内包されてしまっているから、それと違った形の家族は例え彼ら/彼女らが自分を「幸せ」だと思っていようが「不幸」だと思っていようが、前提条件に足りないということで問答無用で「幸せな家族」からはじかれてしまっているのではないでしょうか。一様な家族だけが幸せなのではなく、一様な家族だけしか、「幸せ」と呼んでいないのです。そりゃ、どれも同じような家族にもなるさ。最初から、概念自体がそれしか受け入れてないんだから。

なぜ、家族に傷つけられた睦月は、それでもなお新たな家族に希望をつなぐのか。なぜ、私の両親は自分たちとは違う「良妻賢母として家庭に入る」生き方を私に所望するのか。なぜ、「幸せな家族」に私たちは一様なイメージと期待しか持てないのか。これらの問題には皆、ある共通の問いが潜んでいるように思えます。
なぜ、近代家族が揺らいでいる現在、それでも人は「あるべき家族」の姿を求め続けるのか。

人はなぜ「<家族という物語>を欲望するのか」
(中略)
近代家族」が死を運命付けられ二度と再生しないものであるとしても、トラブルに満ち満ちた空間だとしても、人は「家族」をそう簡単には「葬送」できない。

これは読み始めたばかりのファミリー・トラブル―近代家族/ジェンダーのゆくえ / 金井 淑子という本の1節ですが、今の私の問題意識にぴたりと合致するので、引用してみました。

■そして、あなたは、「家族」をどのようにとらえ、何をそこに求めますか?

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テーマ : 漫画の感想 - ジャンル : アニメ・コミック

タグ : コミック 漫画 書評 子供達をせめないで 新井理恵 家族 近代家族 ファミリー・トラブル 金井淑子

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Comment

●幸せ家族計画
最低なタイトルですね(泣)ハイ
ちょっとした疑問なんですが近代の家族って揺らいでるんですか?
まぁ確かに考えられていた「幸せな家族像」からは離れつつありますが
揺らぐってよりは近代の家族像に変異してるって感じがするねん
まぁ言わなくてもえぇきがするが
やっぱ幸せな家族は一様やないやんw
(この場合一般的な概念じゃないほうね)
だからたとえその家族像からかけ離れていたとしても
本人が幸せならやっぱりそれは「幸せな家族」だよね
逆に「よく働く父と、家事上手で優しい母と、無邪気な子供たち」がいたとしても
彼らが幸せじゃなければ
それは「幸せな家族」じゃないしな♪
っと結局グダグダかいてるくせに
要は深海魚に賛同してるだけであって
なんの意味もない駄文でしたね(泣)
最後に
なぜ、近代家族が揺らいでいる現在、それでも人は「あるべき家族」の姿を求め続けるのか。
についてはきっと無いものねだり(笑)
ウワ、テキトウ(泣)スンマセン. . .
雲銀 |  2007.01.11(木) 01:39 | URL |  【編集】
●あ~、近代家族っていうのはね
近代家族っていうのは、文字通り近代化に伴って形成された家族のあり方の呼び名なんですよ。
簡単に説明すると、夫婦とその子供、という核家族を1単位として、生産の場だとか、社会だとか、そういうものとは隔絶された場所で、親密な感情で結ばれた家族、という感じ。いわゆる「幸せな家族像」そのものを「近代家族」って呼ぶわけです。家族を国家の最小単位だとする考え方や、恋愛結婚や、女性の専業主婦化、なんかも伴っていることが多いです。すごい適当だけど。
日本だと、第1次世界大戦のころに現れて、大衆まで普及したのは高度成長期くらいかな。近代社会のあり方に合わせて作り上げられた歴史的な産物だから、社会構造が変われば「揺らぐ」のは当たり前なんですよ。そして、新たな形に変容していくわけです。
今、「一般的な家族」の中で問題が起こったり、この形に収まらない多様な家族が増えてきたりしているのは、まさに「揺らいで」変容している最中ってわけ。

そうそう、幸せな家族って本当は一様じゃないのよw
なんだけど、「幸せな家族」という言葉でみんながイメージするものが一様だから、一様な家族しか幸せでないような気がしちゃうだけじゃない?と、言うことですね。

>>なぜ、近代家族が揺らいでいる現在、それでも人は「あるべき家族」の姿を求め続けるのか。
>についてはきっと無いものねだり(笑)

結局、愛だけに満たされた親密な空間なんてありえない以上、身も蓋もなく言っちゃえばその通りなんだけど(笑)
でも、近代家族っていうのはある人たちにとっては生まれたときから当たり前にあった自分の基盤で、ほかの人たちにとっては「理想の姿」として必死に求め続けてきたもので。「そんなのありえません」と言われたところで「はい、そーですね」とは、なかなかいかないんですよね。じゃあ、どうすればいいんだろう?というのが、深海魚が今考えていることです。
深海魚 |  2007.01.11(木) 23:42 | URL |  【編集】
●ふむ
たしかに、近代家族が存在するであろうことは事実だろうし
また、それを手に入らないと知っていても渇望する人がいることも
また事実やな。
故にそんなものはないとは言えないのは粉うことなき事実だ。
そこまで確認したとこで聞くが深海魚はどんな答えを望んでるん?
1、生まれたとき持てなかった近代家族の手に入れ方?
2、無い物を求められる人間はどうすれば良いかについて?
3、何故人が一様にしか幸せな家族を考えられないのか?
たぶん3択目のことなのかな?(ってか1,2は答えられんだろ...)
これもこれといった答えは無いよなw
要因はたくさんあるし、原因だけが答えにはなりえない(泣)
雲銀 |  2007.01.12(金) 00:10 | URL |  【編集】
●うっ・・・
諸般の事情により、「家族」とか「子供」とかいう言葉は今音の速さで飛んできてナイフのように心臓に突き刺さるので非常にコメントし難いのですが、(しかもタイミング悪い)
新井様の1ファンとして言わせていただきます。「野暮な(実際は↓の感想のほうがヒドイです)」部分も読んでしまったので。

まず一つ、この漫画は途中雑誌の都合か6年とかそこら中断していたらしいです。
よくそれで完結できたと思いますね。よっぽど作者に思い入れがあったとしか。
肝心の最終話は描き下ろしですし。つまり結局雑誌では完結しなかったと。

作品の解釈については何にも異論を挟むところはありません。
ラストは全ての人物の欠けているピースがぴったりおさまって終わる「予定調和」ではないですね。無理やりはめ込んでいる感じ。現実なんてそんなもんです。
あとはなんといっても登場人物(主に睦月)の心の傷というかトラウマというかのえぐられっぷりがあまりにリアルで痛々しく、普段は極端に軽いだけに苦しんでいる時は見ちゃおられませんね。
その辺りに作者の心の闇が感じ取れます。

この作品のように、「一様な家族」から放り出されて苦しんでいる子供の姿がテーマになっているものは個人的に共感がもてて一時期非常にハマっていた(『フランダースの犬』とかなんですが)ので、
これもかなり近い話として受け取れました。
結局どんな家庭でも「せめられる」のはいつも子供で、大人は一方的に影響を与える側だということは実感があります。
ただ、その子供達もいつかは家庭を形成する側になるわけで、じゃあどういう家庭なら幸せなのか、どんな子供だった人が幸せな家庭を作れるのかということについては、
無責任ながらまったくわかりません。
今は当分答えが出せそうにありません。

もうなんかあからさまに学が足りない発言を並べてしまったので、悔しまぎれに新井様の作品リストを付録としてつけておきます。

「X-ペケ-」
わが心の暗黒聖書。ありがたいお言葉が満載です。
新井理恵という人が高校生でデビューし、いかに苦しんできたかの軌跡がリアルに描かれています。

「脳髄ジャングル」
精神世界の探求のようなメルヘンチックだけど生々しい話です。寓話と言うのかも。
かなり深いです。

「女類男族」
似たような顔の姉弟がいて、それにある男が近づくんだけど弟の方が気になって・・・という怪しい話。
堂々中断中。

「青の炎」
有名な小説を元にしていて、原作の薄暗さを見事に描き尽くした逸品。
その救われなさは随一。

「タカハシくん優柔不断」
一番マトモかもしれない恋愛漫画。文字がやたら多いです。

「LOVELESS」
女子高生のグループが毎回騒ぎを・・・っていうわかりやすい設定の漫画。
でも人間心理の軽微をうまく表していると思います。個人的にキャラが好みです。

「M-エム-」
『エロ』がテーマの乱れまくってるコメディー。
なんというか、実際的なトコロではこれが一番すごいです。

「うまんが&ろまんが」
現在連載中(たぶん)。
こんなに面白い話が描けるのかというくらい吹っ切れているギャグマンガです。
ミカベルと並ぶくらいかと。エロネタでも。


例によってパーフェクト所持なので、
興味がおありでしたら・・・
あしがる |  2007.01.12(金) 00:38 | URL |  【編集】
●遅くなってすみません
>雲銀サマ
なんだか、私の中途半端な説明のせいで余計混乱させてしまったような。できれば、ご自分でも調べてみるとすっきりするんじゃないでしょうか。
「幸せな家族像」そのものが近代家族と書いたけれど、この「家族像」は実際幸せかどうかはともかく、「幸せな家族をイメージしてください」って言われたときにぱっと浮かんでくる家族構成(つまりサラリーマン父+専業主婦母+子、の核家族)、だと思ってくださいな。そして、それこそがもっとも幸せな家族である、という価値観が広まっていて、それを信じて疑わない人がたくさんいるわけです。実際の近代家族が「幸せ」であるかとは関係なしに。
「そんなの幻想」と切って捨てることはたやすいけど、彼らの足元なり目標なりを突き崩すことになっちゃうからそう一筋縄にはいかんよね、というお話。

で、私の問題意識がどこにあるか、だけど。
1はありえないですね。今更そんなん欲しくないし、これから自分が築くべきだとも思わないです。
2と3の混成かな、私が考えたいのは。今、家族が問題を抱えている、という意識が結構共有されてると思うんです。けれどそこで不安にかられて、本当は過去のどこにもありはしない「あるべき家族」に戻れ!とみんなが叫んでいる状況は不毛。なんでそうなってしまうのか、どうすればよいのかを、解きほぐしたいです。キーワードになるのは「近代家族」で、エントリーに書いた話題は皆そこに繋がっていくんじゃないかな、というのが今の段階での深海魚の浅薄な考えです。
・・・勉強しなきゃなあ。こうやって書いていると、考えるための言葉も伝えるための言葉も、自分があまりに知らなさすぎることを痛感します。

>あしがるサマ
あわわ。何があったのかわかりませんが、どうかご自愛ください;
「↓の感想」って私の言った「すごかったです。でも単純なハッピーエンドじゃない気がする・・・」というヤツのことでしょうか。ヒドかったですか?ごめんなさい。

連載中断していたんですか。それで昔「きみとぼく」版で読んだとき、1巻しか見つけられなかったんですね。

睦月は普段「軽い」というか、一見誰も傷つけないように振舞っているように見せてものすごく自己中心的に動いてる部分がありますよね。見るからに苦しんでいるときだけでなく、その「軽さ」や「わがままさ」自体も傷ついているが故なんじゃないかなあと思いました。
この作品、他の家族のメンバーが「一様な家族」を保つために睦月は虐待されて、最後にはその救いを「もう一つの家族」に求めているんですよね。「一様な家族」の枠の暴力性をものすごく描き出している気がして、私もグサグサきました。

>ただ、その子供達もいつかは家庭を形成する側になるわけで、じゃあどういう家庭なら幸せなのか、どんな子供だった人が幸せな家庭を作れるのかということについては、
無責任ながらまったくわかりません。

究極的には自分たちが「幸せ」と思うかどうか、しかない気がします。「これが幸せ、そこからはずれれば不幸せ」と社会のまなざしの枠をはめられてしまうことが一番の「不幸」じゃないかと個人的には思っているのですが、かといって社会保障が必要な以上、「幸せ」になりうるために「最低限あるべきもの」をどこかに設定せざるを得ないのかな、う~・・・
・・・というあたりで思考が袋小路に入っています。私のほうがよっぽど学がないです・・・

>作品リスト
リストを見てる限りだと、最初の二つが一番気になります。もしよろしければ、貸していただけると狂喜乱舞します(笑)
深海魚 |  2007.01.17(水) 02:11 | URL |  【編集】

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