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2007年01月02日(火)

ピアノのおはなし 

家の客間・・・という名のついた物置には、もう何年も、誰も蓋を開けることのなくなったアップライトピアノがたたずんでいる。一つの年が終わり、人々が新年の浮かれ騒ぎをして、近所のスーパーマーケットが去年から止まぬクリスマスソングを流し続けている今も、変わらずにそこにある。
確かこれを買ったのは、あたしが小学生の頃だ。家族で遠くの中古楽器店まで、自動車を飛ばして選びに行った。そのころ重度の乗り物酔いに悩まされていたあたしは、意識がブラックアウト寸前になりながら「あ・・・ピアノがいっぱい・・・」とルーベンスの絵に出会った臨終のネロのような気分でつぶやいたことを、よく覚えている。死んでないけど。
そんな具合で、ピアノ君は「今までで一番高い買い物」として、我が家に迎えられたわけだ。

思えば、3歳から中学にあがるまで、あたしは某大手音楽教室でピアノ(というか、エレクトーン)を習っていた。

【More・・・】

もちろん飽きっぽい深海魚は熱心な生徒などではなくて、それどころかレッスンに行く前日になって慌ててテキストを取り出し、その週の課題を一通り弾いておしまいにしてしまうようなダメなガキだった。もともとリズム感も音感もない上に練習もしないものだから、グループの中では常にヘタな部類にいたし、大して楽器が好きというわけでもなかったように思う。
それでも、各々が覚えてきた簡単なパートを合わせることで一つの曲を成立させる「アンサンブル」は楽しかった。その練習の時期だけは、いまだピアノのない家の中で、小さなキーボードを小さな手で熱心に叩いていた。

数年が経って、家にピアノが来た。ほどなくして、あたしに本気でピアノをやらせたかった母は、あたしをエレクトーンを使ったグループ・レッスンから個人のピアノ教室へと移した。
ラーニング・トゥ・プレイやブルグミュラーを弾いても聴いてくれるのは厳しい顔をした先生だけだったし、自分の出している音しか聞こえない環境はつまらなかった。何より、エレクトーンやシンセサイザーしか知らないあたしの手に、ピアノの冷たくて固い鍵盤は重すぎて感じられた。生まれつき短くて力の入れにくい小指は、長い時間ピアノに向かっていると腫れ上がってきて、痛くて仕方なかった。楽譜には1オクターブ離れた和音が登場するようになったのに、いつまで経っても届かなくて濁った音しか出せないのにも、腹が立った。
やってきたばかりのピアノ君を、幼いあたしはすっかり嫌いになってしまった。相思相愛には、なれなかったのだ。

中学受験を口実にして(もちろん、勉強などロクにしなかったのだが)あたしは教室をやめた。多少の積み重ねがあるといっても合唱の伴奏も務まらない程度だし、初心者のころは音楽教室の独自カリキュラムでやってきたから、他のピアノ経験者が語るバイエルの思い出なんかも、あたしにはわからない。やがて人前で「ピアノを習っていた」と口にすることさえ、ためらうようになった。どうせ、習っても習っていなくても変わらない程度の腕だ。10年もやって無駄だったのだから、いっそなかったことにしてしまえ。
そして、あたしはピアノに蓋をした。しばらくは妹がときどき弾いていたけれど、それも絶えて数年になる。

今となっては、この指は簡単な練習曲さえ満足に弾けはしないだろう。長年調律する者のなかったピアノは、Cの和音さえ正確に響かせられないだろう。
それでもときどき客間を振り返り、今ではどこのものとも知れぬ怪しげなみやげ物の人形たちを飾る役目しか果たさなくなったピアノを見つめる日がある。ふくれっつらをして、憤懣を叩きつけるように鍵盤を叩いていた日々を思い出して、思わず蓋を開けようと手を伸ばし、そして開けても何もできないことに気づいてまたひっこめる。「甘美な」とは形容しがたい、けれど苦味とともにほんの少し頬がほころぶような思い出を、そうやって撫でるのだ。
まるで、初恋の人を想うように。


クソ面白くもない出来事をさも面白そうに書くこと(つまりエッセイ)の練習。

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タグ : 思い出 ピアノ 音楽

【編集】 |  16:01 |  日常  | TB(0)  | CM(2) | Top↑

Comment

●もし世界からピアノが無くなったら
後を追って川に飛び込むであろうあしがるです。
いや、そうでなくても年始からロクなことがないので飛び込んでもいいような心境ですが。

ウチに関してはそもそも20年近く続けてるくせに貧乏性なので生ピアノがあったことがなく、
まずアップライトがあるのはうらやましいですね。
そうやって封印されているピアノの存在はいたたまれないともいうか。
いやでも実際、ピアノレッスンが続くかどうかは運次第ですね。
子供の頃先生が厳しいとか、曲がつまらないとかそう言う理由で辞めちゃう人が多くて、意外と大人になって後悔している人の話はよく聞きます。
ただ、手が弱くて、というのは・・・不幸ですね。
肉体的なハンデはある程度なら根性でどうにかなる!とか言われてますけど、
「根性」が必要な分入り口は更に狭まりますし、
小学生がやるような曲でそこまで、というのは相当ハンデがあるんですね・・・心底痛み入ります。

誰も聴いてもらえる人がいないというのもとっても練習する人を悩ませる問題ですが、
だんだんピアノを弾くのが自分の満足のためだけと割りきれるようになってくると、
もうワンダーランドです。誰にも邪魔されない世界。一人だけの。
何か悩み事があるとピアノを奏でて慰めてもらったりできます。
この辺は自分だけかもしれませんが。

今更再開するのは無理でしょうけど、もしまだ興味を失ってないなら、
自分の好きな曲を見つけてみるのがいいと思います。それだけでやる気は全然違いますから。
ブルグミュラーとかだって簡単なわりに表情豊かで個人的には好きですよ。
あしがる |  2007.01.04(木) 13:57 | URL |  【編集】
●もしもピアノが弾けたなら
だけどー ぼくにーは ぴあーのがーないー
きみにー きかせーる うでーもーないー♪
(←プラトゥリVer.で歌うこと)

1人が飛ぶと芋づる式の要領で、みんなで川に向かってヒモなしバンジーを始めてしまうので、飛び込むのはやめたほうがいいかと思われます。何があったのかは存じませんが。

封印されてるピアノは見るたびに良心がちくりとします。むしろ、買ってくれた両親に申し訳ないです。
手はピアノの鍵盤に慣れてなかったせいもあるので、慣れでどうにでもなる範囲だと思うのですが・・・なにぶん、こらえ性がなかったもので。今思えば、オクターブは親指と中指で弾けばよかったかなと。

最初がグループレッスンだったので、鍵盤を弾くことに「1人でやること」というイメージがなかったんですよね。
私の場合は、自分を慰めるワンダーランドはもっぱら活字を消費して補ってます。趣味というよりは、やらないと禁断症状起こして死ぬ!という感じですが。末期になると、もう字なら何でもよくなってきます。あいうえお表でも可。

好きな曲・・・うーん、Coccoのピアノスコアとか?
ブルグミュラー、当時の自分には難しかったですよ。今やったら1曲も弾けない自信があります(笑)
深海魚 |  2007.01.05(金) 01:48 | URL |  【編集】

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