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2006年12月09日(土)

「南京」の取るに足らない話より 

*個人情報保護のため、一部の事実関係を変更して書いています。
内容を読んでギクッとした方。大丈夫、あなたのことじゃないです。もっとも、本人以外にも心に留めておいてほしいことだからここに書くわけだけど。


これからするのは、あたしと南京事件(いわゆる『南京大虐殺』のこと)をめぐる、ほんの取るに足らない話だ。
いつもと文体も一人称も変わっているので「さては偽者だな、正体を現せ!」とお思いの方もいるかもしれないけれど、別に影武者でも二重人格でもなく、まぎれもない深海魚本人が書いている。今回に限ってはこの方が書きやすいというだけなので、どうかあまり気にしないでほしい。
きっと、徹夜でレポートを仕上げた後遺症だ。そろそろ死ぬかもしれない。

あたしは過去に何度か、自分には「日本」と「中国」という二つのルーツがあって、日本人なのか中国人なのか自分でもはっきりしない、というようなことを書いてきた。真ん中にいる、というよりは「日本人」と「中国人」という明確なカテゴリーを設けてそれらとの距離によって自分の立ち位置を測ること自体に無理を感じる、ということなのだけど、細かいことは今回はどうでもいい。

事件は数ヶ月前にさかのぼる。
あたしはどうも、暇になると政治やら社会やら歴史やらに口を出したくなる悪癖があるらしい。オジサマたちの居酒屋政談と同じようなことを真昼間から素面で繰り広げられるヤツ、と言えばイメージできるだろうか。女子●生なのに、中身はオッサンである。
驚くべきことに、この世には同好の士が結構いる。ご他聞に漏れずその日も、あたしはその中の1人と居酒屋政談ならぬキャンパス政談に花を咲かせていたのだった。そしてたまたま俎上にあがったのが、南京事件だった。「万単位で人が殺されてるのにカルーいノリでネタにすんじゃねーよ、この不謹慎さんめ」というご意見もあるかもしれないが、そこはまあ、勘弁してやっていただきたい。というか、それを言われたらこれから続く記事も書けなくなってしまう。

【More・・・】

その人は、南京事件否定論者だった。
・人口20万の都市で30万人も殺せるはずがない
・証拠写真が偽物だったんだから、きっとウソだ!
とまあ、よくある間違いに見事に引っかかってしまったパターンである。(この箇条書きに疑問を感じない人は南京事件FAQとか読んだ方がいいよ)
南京に興味を持ち出したのがごく最近なら、仕方ない面もあると思うよ。あたしだって予備知識のないところに上記のような「わかりやすい」否定論に引きずられて「きっと犠牲者は言われているのよりずっと少なかったんだろう、もしかしたら特筆するほど大きな事件じゃなかったのかも」と一見中立のようでいてその実、限りなく否定派に近いところまで行ってしまったこともあるし。
南京特集記事を書いたときだって、もちろん今だって、まだまだ知識は足りなくて、たとえば「30万人説とマボロシ説を並べてトンデモ扱いしちゃダメ」だとか「何でもかんでも『便衣兵』って呼んじゃダメ」ということを覚えたのはついこの間のことだ。教えられたことに疑問をもって自分なりの見解を模索するのはいい傾向でもあるんだから、ゆっくり勉強してくれればいい。偉そうで申し訳ないけど。

私自身、地図上で南京はどこだと訊かれてもわからない程度のお粗末な知識しかないけれど、興味を持った時期が早い分少しは自分の方が知ってることが多いだろうと思ったので「20万人は南京市のごく一部の安全区の人口でしかないよ」とか「そもそも写真を証拠にしてる学者なんかいないよ」とか、いろいろ話してあげた。
一度否定論者になった人を説得するのはけっこう難しいのだけれど、このときは珍しくも、彼女は納得してくれたかのように見えた。これ自体、あたしのお粗末なコミュニケーション能力ゆえの勘違いだった可能性も、ないとはいえないけどさ。
ともかく、これでこの件は一件落着、となるはずだった。その友達の次の一言を聞くまでは。

少し記憶が薄れてしまっていて自信がないのだけれど、要約すると
おたがい、日本人と中国人という立場に立ってしゃべるとやっぱり意見が一致しないね。
こんな内容になる。
読者諸賢には当たり前すぎる話だろうから、わざわざ書くのもめんどくさいんだけどさ。言うまでもないけど、南京事件に関する論争は日本(人)=なかった派 対 中国(人)=あった派、なんていう図式では全くない。南京事件を日本で記述してる歴史学者たちはみんな中国人なのか?笠原十九司は、秦郁彦は、中国人か?笑わせるんじゃないよ。あたしの情報源だって(つまり、あたしの意見の根拠だって)語学力と情報流通量の問題により、「日本人が」「日本で」「日本語を使って」本やインターネットを通して論じたものにほぼ限られている。むしろ、こちらの研究の定説の中であたしでも理解できた部分をそっくりそのまま繰り返しているだけ、と言ったほうが近いくらいだ。
それよりも重要なのは、彼女は話した内容に反論できないにもかかわらず、それに納得しなかったということ。そして、その原因を自分の間違いでもなく、価値観の相違でさえなく、あたしが「中国人」である、というところに還元してしまったのだ。要するに、「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」によって自分の全発言を否定されてしまったのである。それも、あたしが「中国人」であると自認していないのに、そしてそれを言明したこともあるのに、だ。
勝手に「中国人」という分類を押し付けられて、「あなたとあたしの意見が合わないのはあなたが中国人だから」とやられる気持ちがわかるだろうか。この認識が変わらない限り、あたしの発言はこれから先「何を言っても無駄」になってしまうのだ。「中国人」というだけで聞いてもらえなくなるんだから。

おそらく話題になっている本人は、ここであたしが小さいことを掘り起こして延々と語っていることを知らない。しかも、実は本人間では納得・・・とまではいかなくとも一応の落としどころをつけた解決済みの話である。こうやって反論できない形で取り上げるのは卑怯かな、と自分でも思う。見方を変えれば、これは日常会話でよくあるちょっとした行き違いに過ぎないのに。それでもわざわざ取り上げるのには理由がある。日常によくある、取るに足らないこと、だからこそ言及するんだ。あたしたちにとって、こうやって自分の意志と無関係に分類されてしまうのは日常茶飯事なのだ。
もちろん、コミュニケーションにおいて「何を」言ったかだけでなく「誰が」「いつ」「どこで」「誰に」「どのように」言ったかも大事になってくるということは理解している。極端な例になるけれど、例えば何らかの蔑称を差別している側が口にするのと、差別されている側が解放のために自ら名乗るのとでは全然意味が違う。だから、あたしは自分が日本人、中国人という枠組みから見るとどのような立場に立っているのかなるべく表明するようにしている。ここでもある程度書いている。(具体的に国籍がどちらなのか、血縁者の誰が日本人で誰が中国人なのか明記しないのは『在日中国人だったら中国側、帰化者だったらもう少し日本寄り、ハーフ(ダブル)だったら真ん中、帰国子女だったらほぼ日本人と一緒』みたいな、変な勘違いをされることを避けるためだ。)
それでも、やっぱり「深海魚は中国人だから」「中国人としてどう思う?」と言われるのだ。そして、中国にいれば逆に「日本人」と形容詞をつけられるのだ。

あたしが一番腹が立つのは、あたしたちは当然「日本人」か「中国人」のどちらかであり、そうでない存在は「日本人」か「中国人」か選ぶことができずに苦しんでいる、悩んでいると目されることだ。「苦しんでいる」んじゃない、「苦しまされている」のだ。「日本人」か「中国人」か、という枠の中に納まらない状態を未成熟で不自然で不幸なことだととらえるこの社会のまなざしに「悩まされている」のだ。自然発生的に悩んでいるわけじゃないんだよ。あたしと同じ立場にいても、自分を「中国人」だと思う人もいれば「日本人」だと思う人もいる。どちらでもない、と認識する人も、あたしのようにその枠組み自体を疑う人もいる。こうやって多様性があることを許容しないで既存のカテゴリーに片付けてしまおうとする価値観が、「悩ませている」んだよ。
これは「日本人」「中国人」に限った話でも、国籍や民族に限った話でもない。性別、性的指向、思想・信条、信仰、心身の障害、世代、ライフスタイル・・・あらゆるところで、この「勝手に既存の枠の中に分類してしまう」「既存の分類に入らない人を不自然と見なす」という暴力は付きまとう。そしてそれはもっぱら、わざわざ自己の立場を「表明」しなければ自分の主張を受け取ってすらもらえない(表明しても、『そんなのヘン』と片付けられてしまうことも多々ある)という形で、少数者の側にのしかかってくる。
いまだに彼女に怒っているわけじゃない。ただ、こうした暴力が日常会話の隅々にまで浸透していることを、そしてそれが「南京」のように日本と中国が対立している(ように見える)問題を語るときは特に噴出しやすいことを言うために例に出しただけだ。これは、まさしく「みんなの問題」なのだと思う。

「人それぞれ」で当たり前、「みんな違ってみんないい」ということを受け入れてほしい。そんなささやかな願望さえ、あたしたちには許されないのだろうか?
それならば、声を大にして言おう。あたしや他の誰かが言ったことを、勝手に属性の枠にあてはめるのは暴力だ。そうやってその発言を無視する口実を作るような行為全てに、あたしは抵抗したい。

↓何が言いたかったのかよくわからないあなたはコチラ。私もよくわかりません。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 南京事件 カジュアル否定論

【編集】 |  17:00 |  ファイル倉庫  | TB(0)  | CM(3) | Top↑

Comment

●金子みすずに乾杯
長過ぎてどう切り込もうか難しいな……南京事件の真偽はさておき。

前に外国人登録証を見せてもらった事があったな。そしてそれを常に携帯しなければならないという事実も知った。
その時は「深海魚=中国人」という「書類上の事実」を実感した。
でも、普通に会話してる限りでは日本人だ。俺はそう感じる。
そして一方で「日本人」と「中国人」のアイデンティティが対立している。

俺は日本人だ。だから深海魚の「痛み」を理解出来ない(=共有できない)上で語るが……
深海魚は深海魚だろ。中国人であり、日本人である。別にどちらかで固定する必要性は薄いし、個人的な感想で言えばその二つの立場があるからこそ深海魚の批評眼があるとさえ思ってる。
だから、これから必要なのは「AかBか」から「AとBとCと……」への思考の切り替えだ。こればかりは俺が思っているだけでは駄目だし、多くの人に働きかけなければいけない事だ。
まあ、だからといって「個」を強調し過ぎてもいけないが……

(ここまで書いて東亜ニュース板に微妙に毒されてた自分に反省 _| ̄|○)

私と小鳥と、それから鈴と。この言葉(詩)の持つ意味を、日本の社会はもう一度考えてみる必要がある。

俺、対等な付き合い、出来ただろうか……


蛇足。
「南京事件FAQ」に目を通したんだけど、そのサイト(wikiとは呼ばない)って数人の「非公開の」編集者が「内輪で編集」しているものなんだな。
一体どんな人物が、どういった方針で管理・運営してるのかが不透明で不気味だ。
極論を言えば「これはコンピュータが生成したページだ」と言っても不自然じゃあないし。
まあ、FAQとして、様々な文献の集積場とするならそれでいいんだろうけど。

長々と失礼しました。
MR-T |  2006.12.10(日) 02:31 | URL |  【編集】
どうもお久しぶりです.

人間は類型を好むものですが,日本人は特にその傾向が強いのでしょうね.
日本にいる大半の人間は,日本で生まれ日本で育ち両親も日本人 それが当たり前
と こう来たのでは仕方が無い.
国籍ほどの話ではないですが,
私も東京生まれで,
東京→大阪→東京→大阪→奈良→横浜→長野
とコレまで引越しを繰り返してきましたので少しは気持ちが分かります.
「出身はどこ?」と聞かれるたびに嬉々として転居の歴史を話します.
[生まれは東京だけど・・・大阪育ち?東京育ち?奈良?横浜?]
といって混乱するのは,出身と成長はずっと同じ場所という固定観念からでしょう.

かくいう私もブラジル人の知り合いが
「父はロシア人 母はフランス人 姉はまた別の国籍だよ」
と言うのを聞いたときは,
「???・・・何人?」と聞き返してしまったりしました.

出身地が確定していたとしても良いとは言えません.
大阪うまれ?じゃあボケだ などと,
今度は類型に当てはめられて見られるという問題が来る.
類型による判断は便利だからこそ多数存在するわけだし,
言葉・単語の定義そのものが類型による判断から来ている場合も多いので
誰しもが物事を類型により判断しなくなる
というのは難しい.
型に当てはまらなかった場合に,それを許容できる事や
[類型に囚われている]という自認を持つ事が,良い方向へ向かう手がかりかな なんて思ったり.


南京事件の話などは,日本と中国の関係が良くなるまでは
政治や学問などの専門家に任せておくのが一番なんじゃないかと考えています.
両国民間に心理的な対立がある状態で個人が議論をしても,根底に「○○人だから」というような考えがあるのでは,議論にもならない.

まぁだからこそ,日中以外の国籍の人の意見や
[日本人]か[中国人]か分からない人の意見
と言うのは,むしろ有利じゃないかなと思います.
日本人,中国人という立場を表明して話をすると
どうしても「日本側」「中国側」なんて考えが頭を過ぎるでしょうが,
そもそもどちらにも分類される となれば,
マトモな頭の人は冷静に意見を聞けるようになるんじゃないかと.


まぁアレですよ ハーフと言わずにダブルという とか
そういう強気で行くのが一番ですよ.
東京人で大阪人で奈良っ子でハマっ子な自分最強! みたいな.
長々と失礼しましたm( )m
玉響 |  2006.12.10(日) 07:20 | URL |  【編集】
●長文には長文で返してみる
>MR-Tサマ
南京事件の真偽をさておいちゃだめですよ、あれは「あったかなかったかわからない」なんてレベルの問題じゃないんだから(笑)
今の世の中、もっともっと「個」を強調してほしいとさえ私は思いますけどね。個人を守らないで、それ以上に守る必要のあるものなんて存在するんでしょうか?
MR-Tさんは対等に付き合ってくださっていると思いますよ。「深海魚は深海魚だろ」というお言葉、嬉しいです。

蛇足返し。
南京事件FAQ・・・ヒント:Mixi。SNS内の話を公表するのはNGなので、後はご自分で検索してください。
内容に関しては、出展が比較的きちんと書いてありますので、疑わしいならそちらに直に当たればいいのではないでしょうか。
ちょっと厳しい言い方になりますけれど、作成者や目的の不透明性はウェブ上で実名を公表せずに述べられた意見全てに当てはまります。「東亜ニュース板」なんて、「名無しさん」の書き込みによって進行していくのだからその最たるものでしょう。それを鵜呑みに出来ないと思うのは正当ですが、疑いを自分の思想と反するものにだけ向けるのならば、それをバイアスといいます。
そもそも、そのFAQは同程度に不透明な「ネット上の」否定論に反論するために作られたことをお忘れなく。片方だけに高い透明性を求めるのは、不公平というものです。

>玉響サマ
ご無沙汰しております。

地域ですか。私は日本にいる間はずーっと東京に暮らしていたので、興味深いです。
おっしゃるとおり、誰もが自分の属性から自由になるのは無理だと思います。
ただ、せめて自分の思う誰かの属性が当人の自意識からはズレているかもしれないこと、それを押し付けることは相手を深く傷つける可能性があること、を理解してほしいと思って書きました。

南京事件に関して、ちょっと言葉足らずだったかもしれないので補足しておきたいのですが、記事にも書いたとおり、少なくとも万単位の不法な殺害があった、というのが日本側の定説なんですね。日本政府も、非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない事実として認めています。つまり、「あったかなかったか」というレベルでは日本(の少なくとも主流)と中国の間で対立は起こり得ないはずなんです。
それにもかかわらず、まるで南京事件の存在如何をめぐって日本と中国の間に対立があるように「見えてしまう」ほど、「中国」「中国人」というものに対するバイアスが強いことに危機感を覚えたわけです。私のような人間には端的に生きにくくなりますから。
専門家に任せる前に、専門家の間で「何」が定説で「何」が争点なのか、きちんと一般の人にも伝わってほしいと思います。そこが伝わらずに勘違いが起こっていることが、今回私の遭遇した問題の原因の一端となっているでしょうから。・・・意図的に間違った情報を伝えてる人とかもいそうですけどね。

>まぁだからこそ,日中以外の国籍の人の意見や
[日本人]か[中国人]か分からない人の意見
と言うのは,むしろ有利じゃないかなと思います.

はい、有利に使わせていただこうと思っています(笑)
何人かよーわからん上に自分語り大好きな私最強!

ところで、このエントリーを今見返したら、持論(というか、自分語り)を展開するために話の「枕」として南京事件を利用してしまった気がします。
真剣に研究や論争にコミットしている方々、ごめんなさい。微力ながら、応援しております。
深海魚 |  2006.12.11(月) 00:08 | URL |  【編集】

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