2006年08月16日(水)
旅日記その2・「無宗教」って?
*この記事は現地で書いたメモを見ながら帰国後に書いています
■親戚の法事に参加してきました。今回中国まで足を伸ばした主な目的はこれです。
ところで中国はご存知の通り中国共産党の支配下にあります。基本的に宗教と共産党は相容れないわけで。中国の国立祭儀場や大手の霊園でも、既存の宗教方式に完全にはのっとらない儀式が営まれています。でも、「宗教色」自体はたっぷりある。
日本でも靖国問題に絡めて「無宗教の国立追悼施設」を作るべきだとの意見が出ていますが(それはそれで問題あるけど)、おそらくこれ、現実的には「無宗教」ではなく「特定の宗教形式によらない」になると思うんですよね。それじゃ、お隣の国ではどんな風に故人を追悼しているのか、参考までに書き残しておきます。もちろん個人的な追悼と国としての追悼は同列には論じられませんけどね。
あ、余談ですけど小泉さんの靖国参拝、中国メディアでそれほど騒がれていなかったので(一通りの解説+海外メディアによる批判を紹介しただけ)騒ぎが大きくならなかったとばっかり思っていましたが・・・こっちに戻ってきて調べてみると、結構いろんな国のメディアに飛び火しちゃってますね。あわわわ、大丈夫なのかな。
中国が(国内向けには)あえて騒がなかったのは国民感情を刺激しないためかもしれません。これが大がかりなデモや暴動に発展してしまえば国益を損ねますから、中国政府としても望むところではないでしょうし。
国立の霊園は遺族が墓地を購入するまで故人の遺骨を一時的に預かるところ、という性格もあるようです。特徴としては、祭壇に一切の飾り気がありません。施設自体に宗教色を持たせないためか、広場に遺影と供物を置くことができるコンクリートの壇が設置されているだけなのです。
平服を着た整備員のような方がいて、チップを渡してお願いするとお経のようなものを唱えてくれるのですが、よく聞くと「苦労を重ねてやっと幸福な生活を築いたあなたが、まさかこんなに急に亡くなってしまうとは思いませんでした。安らかにお眠りください。」といった内容を早口で言ってるだけなんですね。
儀式形式は、紙で作った模造貨幣を焼く、爆竹を鳴らす、遺影の前で親族が等親の近い順から跪き、4回叩頭(土下座)もしくはお辞儀をする、といったものでした。
一方私立の墓地では花(主に造花)の飾られた御影石の墓碑に仏教をモチーフにしたと思われる鳥や龍などの彫刻が掘られています。母に訊くと一応仏教式であるとのこと。しかし、故人が成仏した、という考えではないようです。戒名もありません。お坊さんを呼ぶ、お経をとなえるといった典型的な仏教儀式も排除されています。法事を執り行うのは、こちらも整備員さんがかねていました。
また、墓の後ろに供えた林檎(ピングォ)を子孫に分け与え、後の世代の平安(ピンアン)を祈る、起き上がりこぼしを遺骨と一緒に納めて遺族の長寿を祈る、など独特の風習も見られました。仏教が基本になってはいますが、道教、伝統的な民間信仰などが混ざり合い、一口に仏教とは言い切れない形になっています。西遊記的な世界観、とも言えるのかもしれません。
だから何、というわけではないのですが、海の向こうの「無宗教」はこうなってますよということで。雑学としてお役立てください。
■最後になりましたが、故人のご冥福を心からお祈りします。エントリーのテーマが「儀式」の側面に注目するものなので感情を入れずに書きましたが、生前親しくしていた方だったので、時間がたっても思い出すたび涙が出ます。どうぞ、どうぞ、安らかに。
ところでこの記事、不謹慎ですね。常識に欠ける深海魚では判断がつかないのですが、載せるべきではないのかもしれません。一応アップしておきますが、客観的に見てダメだと思ったら教えてください。
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■親戚の法事に参加してきました。今回中国まで足を伸ばした主な目的はこれです。
ところで中国はご存知の通り中国共産党の支配下にあります。基本的に宗教と共産党は相容れないわけで。中国の国立祭儀場や大手の霊園でも、既存の宗教方式に完全にはのっとらない儀式が営まれています。でも、「宗教色」自体はたっぷりある。
日本でも靖国問題に絡めて「無宗教の国立追悼施設」を作るべきだとの意見が出ていますが(それはそれで問題あるけど)、おそらくこれ、現実的には「無宗教」ではなく「特定の宗教形式によらない」になると思うんですよね。それじゃ、お隣の国ではどんな風に故人を追悼しているのか、参考までに書き残しておきます。もちろん個人的な追悼と国としての追悼は同列には論じられませんけどね。
あ、余談ですけど小泉さんの靖国参拝、中国メディアでそれほど騒がれていなかったので(一通りの解説+海外メディアによる批判を紹介しただけ)騒ぎが大きくならなかったとばっかり思っていましたが・・・こっちに戻ってきて調べてみると、結構いろんな国のメディアに飛び火しちゃってますね。あわわわ、大丈夫なのかな。
中国が(国内向けには)あえて騒がなかったのは国民感情を刺激しないためかもしれません。これが大がかりなデモや暴動に発展してしまえば国益を損ねますから、中国政府としても望むところではないでしょうし。
【More・・・】
■今回は国立の霊園と私立(?)の霊園の両方を訪れました。国立の霊園は遺族が墓地を購入するまで故人の遺骨を一時的に預かるところ、という性格もあるようです。特徴としては、祭壇に一切の飾り気がありません。施設自体に宗教色を持たせないためか、広場に遺影と供物を置くことができるコンクリートの壇が設置されているだけなのです。
平服を着た整備員のような方がいて、チップを渡してお願いするとお経のようなものを唱えてくれるのですが、よく聞くと「苦労を重ねてやっと幸福な生活を築いたあなたが、まさかこんなに急に亡くなってしまうとは思いませんでした。安らかにお眠りください。」といった内容を早口で言ってるだけなんですね。
儀式形式は、紙で作った模造貨幣を焼く、爆竹を鳴らす、遺影の前で親族が等親の近い順から跪き、4回叩頭(土下座)もしくはお辞儀をする、といったものでした。
一方私立の墓地では花(主に造花)の飾られた御影石の墓碑に仏教をモチーフにしたと思われる鳥や龍などの彫刻が掘られています。母に訊くと一応仏教式であるとのこと。しかし、故人が成仏した、という考えではないようです。戒名もありません。お坊さんを呼ぶ、お経をとなえるといった典型的な仏教儀式も排除されています。法事を執り行うのは、こちらも整備員さんがかねていました。
また、墓の後ろに供えた林檎(ピングォ)を子孫に分け与え、後の世代の平安(ピンアン)を祈る、起き上がりこぼしを遺骨と一緒に納めて遺族の長寿を祈る、など独特の風習も見られました。仏教が基本になってはいますが、道教、伝統的な民間信仰などが混ざり合い、一口に仏教とは言い切れない形になっています。西遊記的な世界観、とも言えるのかもしれません。
だから何、というわけではないのですが、海の向こうの「無宗教」はこうなってますよということで。雑学としてお役立てください。
■最後になりましたが、故人のご冥福を心からお祈りします。エントリーのテーマが「儀式」の側面に注目するものなので感情を入れずに書きましたが、生前親しくしていた方だったので、時間がたっても思い出すたび涙が出ます。どうぞ、どうぞ、安らかに。
ところでこの記事、不謹慎ですね。常識に欠ける深海魚では判断がつかないのですが、載せるべきではないのかもしれません。一応アップしておきますが、客観的に見てダメだと思ったら教えてください。
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