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2006年03月04日(土)

見方の違いってこういうこと 

■ちょっと不思議に思うことがあったんで、語らしていただきますね。

ウチって、私が物心つく前からいわゆる「共働き家庭」だったんですよ。別に今までそれをどう思うこともなかったのですが、子供時代の話をすると「お母さんが仕事に行っちゃってさびしくなかった?」とよく訊かれます。

私は小さいころから保育園に通って、小学校に入ってからは学童保育にも行ってました。当然周りは母親が働いている家庭の子だらけで、そういうもんだと思ってましたね。
それだけでなく、仲間たちのうちの何人かは片親で、何人かは両親が別居していて、何人かは親が病気で面倒を見ることができず、何人かは祖父母や親戚に育てられている。障害を持っている子も、外国からやってきて日本語の話せない子もいる。家庭にもいろいろあるよね、と「家族の多様性」的なものもバッチリ刷り込まれました。まあ、家族と聞いてまずイメージするのは自分の家のような家族だったけれど。

家に帰って今日あったことを話そうとしたら誰もいなかった、しょんぼりということはありました。けれどそれは「誰もいなかった」からさびしいのであって「お母さんがいなかった」からさびしかったわけじゃあないのです。別にお父さんでもよかったし、お父さんよりお母さんのほうが長くおうちにいてぼく/わたしのそばにいるものだ、という感覚自体が薄かったのですね。
世の中の大人が思うほど、小さいころから共働き家庭で育った子供は自分の境遇に違和感を感じていないのではないのかと。それが彼らにとっては「普通」なわけですから。どちらかというと、小さいころはお母さんが専業主婦をやっていて、ある程度の年齢になってから働きに出るほうが「お母さんは家にいるもの」というすでに出来上がった感覚を壊されて子供はショックが大きいんじゃないでしょうか。

そんなわけで冒頭の質問には「あたしにとって母親というのは働くものだから。」と答えています。
共働きの家庭もあれば専業主婦のいる家庭もある。そして、そのどちらでもない家庭もある。それは知っていますが私の中の「お母さん」の基本イメージは「あーもう仕事がはかどらないー」とぶつくさいいながら会社帰りに「お迎え」に来る姿なのです。

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テーマ : 親子関係 - ジャンル : 結婚・家庭生活

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