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2012年10月15日(月)

10/14のツイートまとめ 

silly_fish

@qua_gma @khande5 いえ、むしろ八つ当たりのようになって、こちらこそすみません。とうの昔に、血統的なあるいは民族的な出自にアイデンティティをもつことは諦めたはずなんですが、既存のどの言説にも部外者になることに、たまに割り切れなさが起こってしまって…ごめんなさい。
10-14 23:47

これって要は、一般的他者を「彼」と呼称することの延長線上にある問題だあね。
10-14 23:31

@khande5 @qua_gma とはいえ、「よし、じゃあ貴方は今日から○○に属するということで。好きに同化していいよ!」とか言われたら、お断りします(AA略)と返さざるを得ないんで、難しいところではありますがw
10-14 23:27

@khande5 @qua_gma でも一般代名詞であるがゆえに、メッセージを受け取れるのにどうやらその呼びかけの対象に入っていないらしいことに、一抹の寂しさも感じてしまう、という。
10-14 23:18

@khande5 @qua_gma いやまあ、単純に私たちは「わたしたち」のうちに想定されていない、ということなんでしょうがね。カッコつきの「わたしたち」は無徴で名前がないゆえに、呼びかけに一般代名詞を使うしかなくて、
10-14 23:17

@qua_gma 自身ではなく移住先社会のマジョリティの祖先についての教育を受け、移住先社会の価値・知識に依存して問題意識を形成せざるを得ない移民2世としては、「それも祖先や親類を知っていればの話だけどね!」とつい言いたくなってしまうところが、無きにしも非ずですが…
10-14 23:09

メニュー表がなくなってから一度お店に行ったが、変更を知っていても注文にかなり手間取ってしまった。勝手の利かなさを感じたら、何が変わったのか目で見て素早く把握し、どうすれば代替になるのか分析して口で要求しろというのは、得意な人には分からないかもしれないけれど結構人を選ぶスキルです。
10-14 18:27

他の客が注文を終えると一歩横にずれていくことに気づいて、それは後の客の妨げにならない位置で商品を待つためだと理解し、指示される前に行動すできるようになったのはいつのことだったか。時期をはっきりとは覚えていないけれど、十代後半になってからだった気がする…
10-14 18:21

かなり大きくなるまでレジで買い物ができず、外食で同じ物しか頼まない子どもだったので、記事中の子どもたちのエピソードが割とあるあるだった / “マクドナルドさん、メニュー表を無くさないでください - lessorの日記” http://t.co/eKLf7i5N
10-14 18:14

@acceleration はい。というか、リンク先の記事の著者は彼女ご本人ですよ。ブログは以前から拝読しておりましたので、本を出されたことまでは知っていましたが…
10-14 13:17


【More・・・】

最大限好意的に解釈して「一般意志2.0」的なもののことだと考えても、それは信じられる/られない、とか大人である/でない、という判断の対象になるものではないよね?びっくりしすぎて「じゃあ立憲主義とか要りませんよね」みたいな普通のツッコミが頭から飛んだんだが。
10-14 13:15

個人の自由意志の存在すら簡単に措定できないはずの「ポストモダニズム系リベラル」が、国の自由意志なるものを語り出したんだけど… / “Twitter / hazuma: 憲法で戦争できない→平和、憲法で戦争できる→軍国主義 ...” http://t.co/rBgHxwNh
10-14 13:10

「日本でも2010年にケアラー連盟という市民団体が立ちあげられた」のは、知らなかったので唸らされたというか、しばらく勉強してなかったのを痛感させられた。しかし、いきなり出てくると唐突なので、英国のケアラー(家族介護者という立場・仕事)概念の成立について先に書いても良かったような。
10-14 05:58

…昔、「実習に入ると、自力で生きてきたことを誇りにしている男性でも抵抗なく介助を受けるのに、女性は迷惑をかけて申し訳ないと謝ってくる、どうしてだ」と看護学生に言われたのを思い出した。「それは男性の『自立』に身辺のことが含まれず、女性は家族の世話まで含まれるからではないでしょうか」
10-14 05:58

広義の安楽死の女性化という現象は日本でも見られ、日本尊厳死協会の会員数は'12年時点で男性約4万人に対し、女性約8万3千人である。96年の時点で、女性会員が男性の倍で、背景として女性が看護・介護を担わされることが考えられると市野川容孝が指摘していたが、今も割合は変わらない。
10-14 05:57

@bixametica 自分で苦しむか、家族を苦しめるか、死ぬか、という選択肢になること自体が、障害者と介護者に対する社会のネグレクトの結果と言えますからね。ただ、オランダや英国の例は、介護の社会化の内にも「生きるに値しない生」という価値が紛れ込みうると考えるべきかもしれません。
10-14 05:43

日本で議論をするなら、ギルダーデール事件から、国内での障害児の親による殺人(無理心中未遂)、特に不起訴になった事例や減刑嘆願が出され、それに「青い芝の会」が抗議した事例を是非とも思い出していただきたいところでございますけれども、はたして記事を読んだうちの何人がそうしたでしょうか…
10-14 05:39

オランダおよびアメリカの事例はH.ヘンディン『操られる死』に詳しい。この記事は決して誇張ではない/ただ、日本では「自己決定」は失効し、異なる言説によって「尊厳」死の推進が行われていくのではないかと思う / “SYNODOS JOURN…” http://t.co/KEoaAJUf
10-14 05:03

半分くらいは、自殺は自由意思の発露ではなく、追い詰められ尊厳を奪われた末に選ばざるを得なかったのである、という理解が一般的になったことの副作用だけれど。その理解が「尊厳」死にも援用されるのではなく、むしろ「普通の人」と「死んでもいい人」との二重基準が設けられてご覧の有様だよ。
10-14 02:23

このタイトルが理解される土壌が失われつつあるのではないかと危惧している。「え、元気な人が自殺しようとしたらもちろん止めるよ?不治の病の人は別でしょ」と、無邪気に言われかねない薄ら寒さ / “SYNODOS JOURNAL : 「尊厳死…” http://t.co/Pb4tKcgE
10-14 02:00

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