2007年01月06日(土)
行き過ぎた個人主義?
■朝食のヨーグルトを食べようと蓋を開けたら、中身が顔に飛び散って朝からげんなりしている深海魚です。こんばんわ。
おそらく読者の皆様は、1行目からこんなネタを読まされて更にげんなりしているものと思われます。私じゃサービスシーンにもなりゃしねえ。
■「行き過ぎた個人主義」そんな言葉を、メディアを通してエライ政治家や学者のセンセイ方の口から聞いたことが、おありかと思います。
現代の日本人は(この日本人というのは、主に若者や女性に向けられています)個人の権利や自由を主張するあまりわがままになり、他者や社会をないがしろにするようになった。そしてその後には「それは教育が原因で云々」「憲法の精神が原因で云々」と続くのがお約束。耳にタコが出来ますね。
個人主義と利己主義を混同しちゃう論外な方々はその辺で裸の王様にでもなっていただくとして、私もちょっとだけ考えてみたいと思います。
「個人」を確立せずに「他者」や「社会」を尊重することが、可能でしょうか?他者とは読んで字のごとく、自己ではないもののこと。そして、自己と他者たちの作り上げる仕組みを、社会と呼ぶのでしょう。だとすれば、他者の存在を想定するにはまず「ここまでが自分」という自己との境界線を確定させなければいけません。そして、それを尊重するということはその自己でないものがやること・考えることを受け容れる、ということになります。結局、他者を尊重することとは、自分でない者にも一人ひとり権利と自由を認めることで、社会を尊重することとはそうした権利と自由を持った(だからこそ、責任を取ることのできる)個人が共存していくための仕組みやルールを尊重することに他ならないでしょう。それは他者に、必然的に自己にも「個人」を認めなきゃ、原理的に不可能じゃない?
他者が尊重されない風潮、というのが本当なら、その原因は個人主義の行き過ぎではなく、むしろ個人主義の不備や不足だと、深海魚は考えます。ものすごい大雑把だけど。
上で見たように「個人」が先に立たなければ全ての「他者」が尊重されることなどありえません。それじゃあ今の「個人主義バッシング」は何かというと、他者が個人として尊重されることが当たり前じゃない社会になっても既得権を失わないであろう人たち、つまりもともと相対的に強い立場にいる人(一定世代以上、男性、日本国民、健常者、etc...の条件を満たす人)が「お前らは権利とかごちゃごちゃ主張せずに、俺らを大事にすればいいんだ。そうしないのはわがままだ、精神の退廃だ!」と叫んでるに過ぎないんですね。
女で民族的少数者で若者でもある深海魚は、確実に「俺ら」ではなく「お前ら」の部類に入りますので、謹んで言わせていただきます。
「やなこった」
おそらく読者の皆様は、1行目からこんなネタを読まされて更にげんなりしているものと思われます。私じゃサービスシーンにもなりゃしねえ。
■「行き過ぎた個人主義」そんな言葉を、メディアを通してエライ政治家や学者のセンセイ方の口から聞いたことが、おありかと思います。
現代の日本人は(この日本人というのは、主に若者や女性に向けられています)個人の権利や自由を主張するあまりわがままになり、他者や社会をないがしろにするようになった。そしてその後には「それは教育が原因で云々」「憲法の精神が原因で云々」と続くのがお約束。耳にタコが出来ますね。
個人主義と利己主義を混同しちゃう論外な方々はその辺で裸の王様にでもなっていただくとして、私もちょっとだけ考えてみたいと思います。
「個人」を確立せずに「他者」や「社会」を尊重することが、可能でしょうか?他者とは読んで字のごとく、自己ではないもののこと。そして、自己と他者たちの作り上げる仕組みを、社会と呼ぶのでしょう。だとすれば、他者の存在を想定するにはまず「ここまでが自分」という自己との境界線を確定させなければいけません。そして、それを尊重するということはその自己でないものがやること・考えることを受け容れる、ということになります。結局、他者を尊重することとは、自分でない者にも一人ひとり権利と自由を認めることで、社会を尊重することとはそうした権利と自由を持った(だからこそ、責任を取ることのできる)個人が共存していくための仕組みやルールを尊重することに他ならないでしょう。それは他者に、必然的に自己にも「個人」を認めなきゃ、原理的に不可能じゃない?
他者が尊重されない風潮、というのが本当なら、その原因は個人主義の行き過ぎではなく、むしろ個人主義の不備や不足だと、深海魚は考えます。ものすごい大雑把だけど。
上で見たように「個人」が先に立たなければ全ての「他者」が尊重されることなどありえません。それじゃあ今の「個人主義バッシング」は何かというと、他者が個人として尊重されることが当たり前じゃない社会になっても既得権を失わないであろう人たち、つまりもともと相対的に強い立場にいる人(一定世代以上、男性、日本国民、健常者、etc...の条件を満たす人)が「お前らは権利とかごちゃごちゃ主張せずに、俺らを大事にすればいいんだ。そうしないのはわがままだ、精神の退廃だ!」と叫んでるに過ぎないんですね。
女で民族的少数者で若者でもある深海魚は、確実に「俺ら」ではなく「お前ら」の部類に入りますので、謹んで言わせていただきます。
「やなこった」
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