コボルトの青
■コバルトブルー / THE BACK HORNという曲があります。
一時、ケロッグコーンフロスティーのCMソングにもなっていたから結構有名でしょう。ちなみに、そのCMは「たどり着くー、場所も知らぬーまーまー・・・」で曲が途切れて、「えっ、ちょっと、どうなったの?」と非常に不安な気持ちが呼び起こされるという素敵なつくりになっておりました。♪俺たちは 風の中で 砕け散り 一つになる
たどり着く 場所も知らぬまま 燃え尽きる
この曲は菅波栄純さんが知覧特攻隊平和会館を見学したときにできたもので、特攻隊をモチーフにしている、というのはファンの方ならご存知かと思われます。以前、この歌を「どうせ泣いても逃げても何も変わらないなら、せめて米軍に特攻することで生きた証をきざもう」と解釈している文章を読みましたが、深海魚の意見は少し違います。多分歌詞の登場人物たちは、突撃したところで「変わらないこの世界 くだらねえこの世界」しか残らないことを知っていたでしょう。「そんなこと誰だって 子供だって知ってるさ」というくらいなのですから。歌詞にある「生きた証を きざむよ 今」というのは、まさに出撃を前に最期の酒宴をして笑っている「今」のことなのだと思います。勇ましく散ることよりも、たわいのない話をしながら呑んだくれている「今」こそが「生きた証」だと。
――閑話休題。
今さっきボーッと音楽を聴いていたらこの曲がたまたま流れてきたので、特攻隊の「語られ方」について考えてみました。
えいごのけんてい。
会場が自宅から遠く朝から入るのは厳しかったので、前夜は友人「あっと」ちゃんの家にお泊りです。以下、二人でしていた会話を抜粋。
妙齢の乙女が2人で積もる話をしながら夜を過ごすというと、なんだか甘酸っぱい空気になってもおかしくないかと思われますが、甘酸っぱさなどかけらも存在しません。酸っぱいだけです。「えっ、まな板?」
「何を言ってるのかわかんないなあ。意地でもわかんない」
「手をつなぐことから始まる恋愛なんてな、少女マンガの中にしか存在しねーんだよ」
「ヒトガラスープ」
「人骨で出汁をとりました」
ちなみに翌朝は寝坊&迷子のダブルコンボをやらかして、仲良く遅刻しました。人間終わってるね!
やっつけ仕事。
す、すごい。ここまで香りに裏切られるなんて初めてだ。
■学校で来年の所属専攻を決めるためのレポートを書いてきました。出来次第で志望したところに入れるかが決まってしまうとても大事な課題なんですが、ダメ人間深海魚はもちろん期限の前日の夜になってから「やっべ、忘れてた」と慌てて書き始めたわけで。字数が埋まらなくなって、最後のほうでヤケになってTHE BACK HORNとPlastic Treeの歌詞を引用しました。
・・・落ちたな、こりゃ。万一受かることなどありましたら、来年は当該2バンドのライブに行きまくって、物販買いまくって貢ぎます。
お題は「生きる意味」。これだけで、コアな方には私が何の曲を使ったかわかってしまいますね。
観念的なことを考えるのはホンットーに苦手なので、頭から煙が出そうになって結局途中で先輩に泣きつきました。いきなり「人の生きる意味ってなんだと思いますか?」とかいう、何かの毒電波を受信しているとしか思えないメールを送りつけた頭のかわいそうなコが1人。
お加減がよろしくなかったようなのに、無理を言ってアドバイスを引き出してしまいました。これで通らなかったら、申し訳なくて伏して謝るしかありません。むしろ、先に謝っとこう。ごめんなさいっ!
まあ、そもそも進級できなかったら専攻もクソもないんですがね。
アッハッハ・・・はははは・・・
・・・もう死にたい。
テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記
「定義でも、フロイトは嫌い」
おかげで右腕が肩より上に上がりません。ペットボトルの蓋が開けられません。ドアを押し開けられません。フロイトなんか大嫌いだ!
■先日の飲み会での一幕。
それ、サッチャーだから。ええ、もちろん彼は「鋼鉄の処女」とおっしゃいたいわけですね。先輩:「○○(某有名女子高)なんてアイアンメイデンばっかりだ!」
先輩2:「え?鉄の女?」
同席していた女のコに裏手ツッコミで制止されました。妹さんはアイアンじゃないのかな、それともメイデンじゃないのかな・・・ゴフッ。同輩:「えー、妹が○○行ってますけど全然そんなことありませんよ」
私:「ああ、○○生だけどアイアンメイデンじゃないのか」
実を言うと「鋼鉄の童貞もいそうですね」とか口走りそうになったんですが、さすがに理性が押しとどめました。今年こそ「歩く放送禁止」の汚名を返上したいと思います(無理)
自分語り
中国には「世上只有媽媽好」という童謡がある。
日本語に訳すと、こんな意味になる。「世界で一番ママが好き」というタイトルで子ども用の中国語教材として出回っているようなので、ご存知の方もいるかもしれない。世界でママほどいいものはない
ママのいる子は宝のようだ
ママの抱擁に包まれて
幸福は享け切れないほどだ
ママがいないのは最も苦しいことだ
ママのいない子は草のようだ
ママの抱擁を離れて
幸福をどこに探せばいいのだろう
世界でママほどいいものはない
ママのいる子はそれを知らない
もしも彼が知ったなら
夢の中でも笑うだろう
言葉を操ることを覚えるか覚えないかくらいの年齢だったころ、あたしがもっとも身近に聴いていた歌だ。そして、これまでの短い人生を通して、あたしの一番嫌いな歌でもある。
ニュースの見方と「人間性」
昨年末のある朝、あたしは知人の男のコと並んでテレビでニュースを見ていた。どのチャンネルのどの番組かは忘れたけど(というか、普段テレビを観ないからわかんないんだけど)、これから日本にも来るであろう北朝鮮からの難民の支援体制について報道していた。
するとこの彼は、おもむろに「脱北者なんか受け入れるべきじゃないよ、犯罪者予備軍になるだけだから」と言い放ったのだ。それだけでなく「やっぱり韓国人とか朝鮮人っておかしい人多いよね」「中国大陸から来た人もね。怖いよ」と続く。何か言ってやろうかと思ったけれど、あんまり出先で面倒を起こしたくないし、個人の思想は自由だと思うから、途中まで作り笑顔で聞いているふりをしていた。でもさすがに聞くに堪えなかったので、笑顔を張りつけたままくるっと向き直って、自分の顔を指差し「あたし、チューゴクジン」と言ったら、そのまま固まってしまわれた。
戸惑っている様子がとても愉快だったし、「深海魚は違うかもしれないけど大多数の中国人は・・・」なんて言い訳をしださない潔さに好感をもてたから、全然怒ってはないんだけど。あたしは幸いにも直接出くわしたことはないけれど、妹曰く「お前はもともと悪い中国人だけど、良い日本人に囲まれて育ったから良くなったんだ」なんてほざきだす人間も世の中には居るらしいしね。一体どんな脳ミソの構造をしていたらそんな妄言が吐けるのか、おねーさんちょっと解剖学的興味を抱いちゃいそうだよ。
まあともかく。怒ってもないのにわざわざここに書くのは、彼の認識が形成された過程が、どうもマスメディアの情報を受信してものを考える上で、あたしたちが陥りがちな「罠」にはまっているように思えたからだ。
彼が在日コリアンや在日中国人を「おかしい」「怖い」と思う理由は、ニュース等で彼らが取り上げられるときは何らかの犯罪にまつわることがほとんどで、いいうわさを聞かないから、だそうだ。
それじゃあ、ニュースでは取り上げられない「おかしくないコリアン」「怖くない中国人」はどこにいるのだろう?少し時間をあげるから、続きを読む前に考えてみてほしい。
テーマ : サヨク・在日・プロ市民 - ジャンル : 政治・経済
小さなふしあわせ
人ー身事故で止まるー、電車の中ー、かーたをすくーめーるー・・・
(ゲーム from 心臓オーケストラ / THE BACK HORN)
とある授業の最終回の講義に出ようと元気に家を出発したら、人身事故で電車が止まっていて一気に元気がしぼんだ深海魚です。こんばんわ。
気を取り直して振替輸送券を握りしめ、バスと電車を乗り継ぎます。バス停の場所も駅の場所もよくわからないし、めったに乗らない線でどの電車がどの駅に止まるのか把握していないので各駅停車にしか乗れません。それでも何とか、大幅に遅れつつも学校に着くことができました。
慌てて教室に駆け込むと、なんだか皆1列に整然と座って手元の用紙に一身に何かを書いているじゃあございませんか。
あら?
これってもしかして、試験中ですか。
当然試験の場合は大幅な遅刻をすると入室が認められなくなりますので、教壇にいた先生に「しっしっ」と手で追い払われました。
この授業、試験はなかったはず。でも実際に試験をしているんだから、私の記憶違いかもしれません。電車が止まったせいで遅刻したんだから、申告すれば追試が受けられるはずです。あれ、でも追試の申請ってどうやるんだっけ?というか、出席を取らない授業だから持っていっても意味がないだろうと思って、遅延証明書を受け取ってないんですが。ど、どうしよう。うわーうあ〜・・・
・・・と、雨の中立ち尽くしたまま途方にくれること、数十分。
テーマ : il||li _| ̄|○ il||li モウだめポ - ジャンル : 日記
上手に歩くということ
じゃあ何なら上手なのかと言われると、非常に困ってしまうのだが。
子どものころ道で転んでは「まっすぐ歩きなさい、ちゃんと歩かないから何もないところに躓くんだ」と、叱られてばかりいた。前向きにつんのめったり尻餅をついたりするばかりでなく、後ろ向きに転んで後頭部からアスファルトに落下するという離れ業をやらかしたこともある。あたしからすれば決して何もないところで転んでいるわけではなく、歩道のタイルのつなぎ目や、転がっている小石がちゃんとあったのだが、手足の大きくなった大人はそういうものに躓く感覚を忘れてしまうらしい。
成長してからも、「歩くこと」はあたしの悩みの種だった。階段を上り下りすれば、足を踏み外して転げ落ちる。猫背を指摘されて背筋をピンと伸ばしてみたら、今度は反り返っていたらしく「鳩歩き」と笑われる。帽子やカバンにバッジなどつけておこうものなら、壁にぶつけて3日と持たずにどこかへ消し飛ぶ。お気に入りの靴は異様な速さでボロボロになる。しょっちゅうバランスをとり損ねて、頭や肩を周りの障害物にぶつけるもんだから、仕舞いには慣れっこになりすぎて痛みすら感じなくなってきてしまった。「大丈夫?!」と周囲の人が駆け寄ってきてはじめて、自分が頭を打ったことに気づく始末だ。
がんばれ受験生
フットカットされちゃうよ★でも可。去年もこのネタをやっていた気がしますが、冬の風物詩ということでお許しください。先輩:「キットカットって実は縁起悪くね?」
私:「きっとカットされちゃうよ★」
受験生の皆様および明治・青山学院・立教・中央・法政の各大学の関係者の方々には、心からお詫び申し上げます。ごめんなさいごめんなさい調子こいててマジすいません。平にっ。先輩:「あれ、全然開運グッズじゃないよなあ」
私:「そこで寝てても落ちないコアラのマーチですよ」
先輩:「それ、MARCHにしか受からないんじゃね?」
私:「むしろ、MARCHなんかコアラしか行かねーよ!ってことじゃ?」
コアラだって行きたくなっちゃう素敵なMARCHですね、ハイ。
ちなみに私、高1くらいまでこの世には「マーチ大学」が存在すると固く信じておりました。
・・・笑うがいいさっ。高1で受験用語まで覚えちゃうような頭の良さそうな世界とはご縁がありませんでしたとも、どーせどーせ。
「僕ら、別れを思っていた」
■1月は、別れの季節であると思います。
「年度」というけったいなモノに支配されている日本では、別れといえば普通3月を思い浮かべるでしょうから、「えっ」と思われる方が多いのでないかと思います。いつも以上に意味不明な書き出しを見せられて、画面の向こうで首をかしげている方もいらっしゃることでしょう。でしたら、こう言い換えてもかまいません。1月は、別れの準備の季節であると。
3月から4月にかけて、遠くに行ってしまうなどで物理的に会えなくなる人はもちろんのこと。そうでない人も、新たな環境に慣れることに忙しくてほんの少しの間顔を合わせなかったとか、そんなキッカケでそれっきり話かけられなくなってしまうことも私には多々あります。切れなくて済んだ関係であっても、何らかの変化が生じて今までと同じではいられなくなることもあるでしょう。たくさんの、別れがそこには待っているのです。
せっかく携帯電話という文明の利器もあるんだから、「別れが待っている」とか言ってないで関係をつなぐ努力をしろよ、と方々から突っ込みを入れられそうですが。
それができたら苦労しねえよ!
あ、いやスイマセン。電話は敵なんです、ハイ。
まぁともかく、別れが待っているったら待っているわけですね。めまぐるしい変化の最中は、とりあえず溺れないように上手く流されていくのが精一杯で、余計なことを考える余裕などありません。だから、私は今、別れを思うのです。
どうせ落ち込むのなら試験期間やら休暇中やらは避けたいという、学生さんならではの現金な事情も、ありますけどね。
「家族」をめぐって
| 子供達をせめないで(1) 新井 理恵 (2004/03/24) 幻冬舎 この商品の詳細を見る |
| 子供達をせめないで(2) 新井 理恵 (2004/03/24) 幻冬舎 この商品の詳細を見る |
簡単にかいつまんであらすじを説明すると、家族に虐待を受けて自堕落な生き方をするようになった高校生・睦月が、しっかり者の小学生「菜摘ちゃん」との出会いと交流を通して徐々に心を開いていきます。ところが、この「菜摘ちゃん」も二人暮らしの父との間に軋轢を抱えているのです。このわだかまりを解消するために、睦月が菜摘を連れて家出をしたり、狂言誘拐を試みたり色々と活躍します。彼の尽力があって最終的に父子は仲直りし、菜摘の父親が睦月の父親役も買って出ることになって、大団円。
行き過ぎた個人主義?
おそらく読者の皆様は、1行目からこんなネタを読まされて更にげんなりしているものと思われます。私じゃサービスシーンにもなりゃしねえ。
■「行き過ぎた個人主義」そんな言葉を、メディアを通してエライ政治家や学者のセンセイ方の口から聞いたことが、おありかと思います。
現代の日本人は(この日本人というのは、主に若者や女性に向けられています)個人の権利や自由を主張するあまりわがままになり、他者や社会をないがしろにするようになった。そしてその後には「それは教育が原因で云々」「憲法の精神が原因で云々」と続くのがお約束。耳にタコが出来ますね。
個人主義と利己主義を混同しちゃう論外な方々はその辺で裸の王様にでもなっていただくとして、私もちょっとだけ考えてみたいと思います。
「個人」を確立せずに「他者」や「社会」を尊重することが、可能でしょうか?他者とは読んで字のごとく、自己ではないもののこと。そして、自己と他者たちの作り上げる仕組みを、社会と呼ぶのでしょう。だとすれば、他者の存在を想定するにはまず「ここまでが自分」という自己との境界線を確定させなければいけません。そして、それを尊重するということはその自己でないものがやること・考えることを受け容れる、ということになります。結局、他者を尊重することとは、自分でない者にも一人ひとり権利と自由を認めることで、社会を尊重することとはそうした権利と自由を持った(だからこそ、責任を取ることのできる)個人が共存していくための仕組みやルールを尊重することに他ならないでしょう。それは他者に、必然的に自己にも「個人」を認めなきゃ、原理的に不可能じゃない?
他者が尊重されない風潮、というのが本当なら、その原因は個人主義の行き過ぎではなく、むしろ個人主義の不備や不足だと、深海魚は考えます。ものすごい大雑把だけど。
上で見たように「個人」が先に立たなければ全ての「他者」が尊重されることなどありえません。それじゃあ今の「個人主義バッシング」は何かというと、他者が個人として尊重されることが当たり前じゃない社会になっても既得権を失わないであろう人たち、つまりもともと相対的に強い立場にいる人(一定世代以上、男性、日本国民、健常者、etc...の条件を満たす人)が「お前らは権利とかごちゃごちゃ主張せずに、俺らを大事にすればいいんだ。そうしないのはわがままだ、精神の退廃だ!」と叫んでるに過ぎないんですね。
女で民族的少数者で若者でもある深海魚は、確実に「俺ら」ではなく「お前ら」の部類に入りますので、謹んで言わせていただきます。
「やなこった」
年始にこんなに暇な私って・・・
おててのリハビリ

そろそろ絵を描くヒト(魚?)だというのを忘れられそうだったので、無用の長物と化していたペンタブレットを引っ張り出してみました。毒姫 (1) / 三原 ミツカズ、毒姫 (2) / 三原 ミツカズよりリコリス・ラディアータです。
現在本が貸し出し中で手元にないので、全てうろ覚えなのですが。というか、髪型がとか衣装がとか、それ以前の問題です。絵心、ない・・・
ご覧の通り時間はかけていないのですが、特に洋服が面倒になって途中で放り出したのが丸わかりですね。アンタは変身前のシンデレラか。背景にいたっては、もはや描く気すらないし。
左手に止まっている、鳥に似た形の地球外生命体のことは何も言わないでやってくださいまし。きっと彼女はコイツに乗っ取られてます。だから目がうつろなんだよ★
・・・もう、パソコンで絵など描くものか(泣)
マニアックなキャラなので、元ネタをご存知の数少ない方は「死ね」とか「断筆しろ」とか「俺のリコリスたんを汚すな」とか何でもお好きなようにツッコんでやってください。
↓目を覆いたくなったあなたはコチラ


ピアノのおはなし
確かこれを買ったのは、あたしが小学生の頃だ。家族で遠くの中古楽器店まで、自動車を飛ばして選びに行った。そのころ重度の乗り物酔いに悩まされていたあたしは、意識がブラックアウト寸前になりながら「あ・・・ピアノがいっぱい・・・」とルーベンスの絵に出会った臨終のネロのような気分でつぶやいたことを、よく覚えている。死んでないけど。
そんな具合で、ピアノ君は「今までで一番高い買い物」として、我が家に迎えられたわけだ。
思えば、3歳から中学にあがるまで、あたしは某大手音楽教室でピアノ(というか、エレクトーン)を習っていた。
あけちまったよ。(追記アリ)
今年も一年、深海魚として電子の海底をコソコソと回遊しながら、地球上の酸素を浪費して何とか生きながらえたいと思います。
なにとぞ、これからもよろしくお願いいたします。
↓だが断る!というあなたはコチラ


↓まだまだ続くよ!
テーマ : A HAPPY NEW YEAR!!! - ジャンル : 日記

