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2006年08月27日(日)

國を靖(やすんずる)。 

■靖国参拝問題について、参考になるまとめを見つけたので貼っておきます。私のもやもやしていた頭も、おかげで大分すっきりしました。
黒蜥蜴の異常な愛情 - サヨクとウヨクと靖国問題

>靖国神社の代わりに国立の戦没者追悼施設をつくろうという考えがありますが、これについては左派は賛成者が多いという印象があります。

 しかし私はこれについては反対の立場です。戦死者とそれ以外の死者を区別して国が追悼するということが何を意味するのか。戦死者、言い換えれば国のために(国のせいで)亡くなった人を国が追悼するということは、国のために戦って死ぬことを特別なこととし(死に意味を与える)、それは一歩間違えれば国のために死ぬことを推奨することに繋がるのではないかと思います。そしてそれは容易に社会的な抑圧となりかねません。
 そもそも否定するべきは国のために国民が死ぬというシステムであり、それを支える国が戦死者を慰霊するという仕組みを否定するべきだというのが私の考えです。


私が国立追悼施設に問題があると思うのもだいたい同じ理由ですが、私のような頭の悪い人間が余計なことを言うと蛇足にしかならないのは承知の上で、もうちょっと意見を述べてみる。

兵士として戦場に赴く以外にも、国のため、もしくは公共のために死ぬ可能性のある職業はあります。例えば警察官とか、消防士とかレスキュー隊とか。彼らと兵士との違いは、国のために人を殺すことが前提となっているかどうかです。
ここで、戦没者の国立追悼施設を作るということは、「国のために死ぬこと」と「それ以外で死ぬこと」を区別するだけでなく、「国のために殺して死ぬこと」と「単に国のために死ぬこと」の間にも区別をつけて、「国のために殺して死んだ」人間だけを特別扱いすることになります。それは国のために死ぬことだけじゃなくて、国のために人を殺すことも、推奨してしまうと思うんですよね。それだけでなく、人を殺して死んだ人間の「死んだ」という側面だけを追悼によって強調することになりますから、彼が人を殺したということを不可視化する役目も果たしかねないと思っています。戦没者の加害者側面を見えなくして被害者化してしまうというか。

・・・ナイーヴすぎるかな。

テーマ : 靖国参拝 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 靖国問題 タバコ ID論

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