2006年07月17日(月)
映画は良いよ
■今夜の謂いたい放題Moviesに2件追加しました。
最近にわか映画ファンになってしまったようです。ローズ・イン・タイドランドとプルートで朝食を観たいよー。あと蟻の兵隊も!
↓一人で行けよと思ったあなたはコチラ


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2006年07月17日(月)
当時バッシングに加わった人、この中にもいるでしょ?
バッシング
渋谷のシアター・イメージフォーラムで観てきました。
主人公はどうも海外にボランティアに行って人質にとられたらしい、そしてそのことが元で実家に戻ってからも延々と嫌がらせや脅迫を受け続けている。それが元で仕事を失い、恋人には傷つけられ、父は自殺してしまう。失うもののなくなった彼女は「向こうなら私の居場所があるから」と再び旅立つ・・・
そんな光景が淡々とつづられた映画です。ひたすら陰鬱な場面の連続ですが、進行のテンポが速いので観ていて退屈になったりはしないと思います。
印象に残った場面いくつか。
・嫌なことがあったとき、主人公の顔が痙攣するように引きつるところ。
これ、私にもそういうクセがあるんで。私の場合は嫌なことに限らず気持ちが高ぶったとき全般ですけど。
・半年振りに恋人に会いに行くとき、そっけない態度とは裏腹に主人公が物凄くうれしそうな顔で自転車を漕いでいること。そして彼に心無いことを言われた帰り道の顔との落差。
全体的に自転車を漕ぐシーン、階段を上るシーン、表情のアップなどの繰り返しが印象に残ります。
・旅立つ前、義母と語り合ったときに「お母さん」と何度も呼ぼうとして結局飲み込むところ。
それ以前に作中で1度だけ呼んでいて、「うれしかった」と言われてもう1度言おうとするのにどうしても言えなくて違う話をはじめてしまうんですね。
このあと日本に繋ぎとめるもののなくなった彼女は「もう帰らない」といって父親の保険金を使い海の向こうへと行ってしまうのですが、この義母が「繋ぎとめるもの」になれなかったのが切ない。
この作品中で主人公が人質になった経緯などは詳しく語られませんが、女性であることと名前、家の周りの風景から見て高遠菜穂子さんがモデルだと見て間違いないでしょう。
ところでこの主人公って、確かに辛い状況におかれてはいるんだけれど、本人もいちいち周りをいらだたせる言動をしてしまうような人に描かれてるんですね。考えてみればこれは当たり前で、精神的に追い詰められていても素直さを失わないでいられる人間なんてそうはいないでしょう。それは良いんだけど。
この映画を見たあと「有子(主人公)って空気読めない人だけど、このバッシングはひどい」と語り合うのは良いと思います。そこから、じゃあ現実の日本で起こった人質バッシングはどうだっただろうと考えてみるのも大事なことだと思う。だけど、「高遠さんって空気読めない人だけど、このバッシングはひどいよね」という方向には行かないでほしいです。この映画はあくまでフィクションで、言動で周囲の人をいらだたせる有子も、この国に私の居場所なんてなかったと語る有子も、高遠さんの姿そのものではないのですから。
現実を基にしたフィクションって現実と混同されやすいですから、いつの間にか「高遠さんってこういう人だからバッシングされたんだよ」と有子のイメージが現実とすりかえられたりしないか心配です。この映画から現実の事件を語るときには、そこだけは留意しないと。
長々と書きましたが、良い映画でした。
「自作自演説」だの「反日分子」だの妄言が飛び交い放題だったイラク人質事件の当時の記憶を、私たちは思い出したくないものとしてふたをしてしまおうとしています。『バッシング』はフィクションであるけれど、そうした私たちの姿勢に警鐘を慣らす力を持った作品です。
渋谷のシアター・イメージフォーラムで観てきました。
主人公はどうも海外にボランティアに行って人質にとられたらしい、そしてそのことが元で実家に戻ってからも延々と嫌がらせや脅迫を受け続けている。それが元で仕事を失い、恋人には傷つけられ、父は自殺してしまう。失うもののなくなった彼女は「向こうなら私の居場所があるから」と再び旅立つ・・・
そんな光景が淡々とつづられた映画です。ひたすら陰鬱な場面の連続ですが、進行のテンポが速いので観ていて退屈になったりはしないと思います。
印象に残った場面いくつか。
・嫌なことがあったとき、主人公の顔が痙攣するように引きつるところ。
これ、私にもそういうクセがあるんで。私の場合は嫌なことに限らず気持ちが高ぶったとき全般ですけど。
・半年振りに恋人に会いに行くとき、そっけない態度とは裏腹に主人公が物凄くうれしそうな顔で自転車を漕いでいること。そして彼に心無いことを言われた帰り道の顔との落差。
全体的に自転車を漕ぐシーン、階段を上るシーン、表情のアップなどの繰り返しが印象に残ります。
・旅立つ前、義母と語り合ったときに「お母さん」と何度も呼ぼうとして結局飲み込むところ。
それ以前に作中で1度だけ呼んでいて、「うれしかった」と言われてもう1度言おうとするのにどうしても言えなくて違う話をはじめてしまうんですね。
このあと日本に繋ぎとめるもののなくなった彼女は「もう帰らない」といって父親の保険金を使い海の向こうへと行ってしまうのですが、この義母が「繋ぎとめるもの」になれなかったのが切ない。
この作品中で主人公が人質になった経緯などは詳しく語られませんが、女性であることと名前、家の周りの風景から見て高遠菜穂子さんがモデルだと見て間違いないでしょう。
ところでこの主人公って、確かに辛い状況におかれてはいるんだけれど、本人もいちいち周りをいらだたせる言動をしてしまうような人に描かれてるんですね。考えてみればこれは当たり前で、精神的に追い詰められていても素直さを失わないでいられる人間なんてそうはいないでしょう。それは良いんだけど。
この映画を見たあと「有子(主人公)って空気読めない人だけど、このバッシングはひどい」と語り合うのは良いと思います。そこから、じゃあ現実の日本で起こった人質バッシングはどうだっただろうと考えてみるのも大事なことだと思う。だけど、「高遠さんって空気読めない人だけど、このバッシングはひどいよね」という方向には行かないでほしいです。この映画はあくまでフィクションで、言動で周囲の人をいらだたせる有子も、この国に私の居場所なんてなかったと語る有子も、高遠さんの姿そのものではないのですから。
現実を基にしたフィクションって現実と混同されやすいですから、いつの間にか「高遠さんってこういう人だからバッシングされたんだよ」と有子のイメージが現実とすりかえられたりしないか心配です。この映画から現実の事件を語るときには、そこだけは留意しないと。
長々と書きましたが、良い映画でした。
「自作自演説」だの「反日分子」だの妄言が飛び交い放題だったイラク人質事件の当時の記憶を、私たちは思い出したくないものとしてふたをしてしまおうとしています。『バッシング』はフィクションであるけれど、そうした私たちの姿勢に警鐘を慣らす力を持った作品です。
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