FC2ブログ
2020年08月/ 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月
2008年07月03日(木)

我流ロマンチズム 

運命の恋、とか、絶対的な出会い、とか、そういうのがよくわからない。
絶対的なことなんてない、運命なんかわかりっこない、他のあらゆる可能性が開かれている中で、それでも「たまたま」ここにいるこの人に出会うことができた。そんな不確かさがあるからこそ、出会うことのできた人やモノは貴重だし、人生ってステキなんじゃないかと思う。

「この人がいなきゃ生きていけない」ってのになると、もっとわからない。ついつい相手に依存しすぎてそう思い込んでしまうことはままあるのかもしれないけど、いったいそれの何がそんなにすばらしいのだろう。片方が力尽きたら共倒れになります、一蓮托生です、って言ってるようなモンじゃないか。
その人と一緒じゃなければ生きられないから一緒にいるのなら、それはただ自分が生きるためで、それだけの話ということになる。つまり、換言すればこうだ。
「わたしは自分の生存戦略上必要なので、あなたと一緒にいます」
ねえ、こう言われてうれしい?本当に?人は必要とされることに快感をおぼえる生き物だけど、それだけでは他の関係性と何も変わらない。恋愛をはじめ親密な関係の醍醐味というのは、必ずしも必要ではなくても承認してもらえる可能性にあるんじゃないのか。
第一、その人に会う前、あなたはどうやって生きていた?その人なしで、独りで、ちゃんとやってきたじゃないか。いまさら「あなたと一緒じゃないと」なんて口にしたって、説得力がないことこの上ない。せいぜい、へえ、それはずいぶんな思い込みですね、という話になるだけだ。

むしろ、声を大にしてこういったらどうだろう。
「あたしはお前がいないとどうしようもないから、仕方なく一緒にいるんじゃない。お前がいなくたって、きっと平然とつつがなく生きていける。それでもあたしはお前が好きで、一緒にいたいからそうしてるんだ」って。
この「それでも」の部分にしか、恋だのロマンだのは宿らないのである。
【編集】 |  06:27 |  『セックス、哲学、ロックンロール★』跡地  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008年06月05日(木)

あまいお菓子と男のコ 1 

エロそうなタイトルだけど、残念ながらえっちなお話ではない。ネットでこんな記事を見つけた。

きっこのブログ: スイーツ男に鳥肌全開
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2007/11/post_f4d0.html

後半の「市民権」うんぬんに関しては、PC的な理由で口にしづらい性差別発言を「あのタレントも言ってたから」「これはあくまで俺の感覚だから」などと自己正当化しつつしゃべるオトコのようでみっともないな、と思ってしまった。で、それはそうとして、甘い物好きの男は恥ずかしい、と思う女(男なら多々いるだろうなと思うけど)がいるのか。あたしには、よくわからん感覚である。「スイーツ」という言葉自体は、以前書いたようにあたしもイマイチしっくりこないけど。
だからといって、お菓子の好きな男のコがカワイイとも思わない。ああうん、ケーキおいしいよね、よかったね、というだけだ。「甘いものが好き/苦手」という特徴を、かっこいい/かっこわるい、とか、かわいい/かわいくないとかの評価と結びつける気になれないのである。もし本気で「甘いもの好きなボク」をアピールしたいのならば、バレンタインやらクリスマスやらのことあるごとにホールケーキを焼いてくるぐらいの差別化を図っていただきたいものだ。
…いや、中高時代、マジでそういう男友達がいたのよ。バレンタインのヤツは輝いてたね。朝早くから席の周りには焼きたてケーキにつられた男女が群がって、もうモテモテだった。そこまでされた日には、こっちだって「よっぽどお菓子が好きなんだね、ほらたんとお食べ」とチョコの大盤振る舞いをせざるを得ないというものである。
【編集】 |  01:38 |  『セックス、哲学、ロックンロール★』跡地  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008年05月12日(月)

矛盾と共に生きろということ 

承前。
「矛盾」について書いたが、ちょうどいいタイミングでおもしろい授業があった。ウーマン・リブの闘士でもあった学者が講師としてやってきて、リブは自分の中の二つの本音(by 田中美津)に引き裂かれ、矛盾した己をおたがいに話して肯定するところからはじまった、と話す。それに対し、進行サポート役の男性倫理学者が質問をした。

「自分の中に矛盾があることを受け入れることができるほど強くないとだめなんでしょうか。受け入れられない弱い人でもかかわっていける倫理はないんでしょうか」
「強くなんかないです。弱いから矛盾するし、それを吐き出しちゃうんです。弱いからこそ、それをみんなで受け止めて支えあおうってことになるわけで。でも…そうね。自分の弱さと向きあう強さは必要かもしれません」

相手に自分の専門である「倫理」のことを訊くあたり(相手は生物学者)、質問というより自問にちかい気がするけど。それでも、質問者の問題意識にすごく共感するものがあった。
矛盾を吐き出して心が軽くなることは確かにあるが、しゃべっているうちに自分でも思いもしなかったことを言ってしまって新たな矛盾に気づくこともある。あるいは目の前で「あたしはこんなに矛盾している」という告白を聞いて「あ、あたしも同じだ…」となるかもしれない。そんな自分を「でも、これがあたし」とすんなり受け止められればいいけど、認めがたいことを認める過程で深い傷をおう人もいる。これはもう、避けがたく絶対にいる。
【編集】 |  05:39 |  『セックス、哲学、ロックンロール★』跡地  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008年05月08日(木)

矛盾だらけのあたしたち 

高校を出てから、映画をよく観るようになった。よく、といっても所詮にわかファンなので、まったくもって通を名乗れるほどじゃないけれど。それでも、ドキュメンタリー映画のおもしろさが少しはわかったかな、なんて思っている。
ドキュメンタリーは現実をそのままうつしとったわけではない。何を映し、どこにつなげ、それをもって何を語るかは監督にゆだねられている。何より、登場人物たちがカメラを意識して、「そのままの日常」とはちがった振る舞いをするようになる。これは人に見せる文章(たとえばこのブログ)を書いているときにもいえることだけど、自分が始終一貫した人間であるかのように見せかけようとするのだ。しかし、自分に向けられっぱなしのカメラの前では、そう簡単には成功しない。そうやってもがくさままでがカメラにおさめられ、スクリーンの向こうの残酷な観客は、それに拍手を送るのだ。

というわけで、後輩と「どうして人は一貫性を演じたがるのだろう」とおしゃべりする。心理学の実験でも証明されているほど、人間一般に見られる傾向らしい。
わが身を振り返れば、あたしだっていろんな矛盾を抱えている。女でありたいのに、"女扱い"されるのはきらいだとか。暴力や力で威嚇することが大きらいなのに、攻撃性や征服欲は強いとか。孕みたくないけど、孕める身体でいたいとか。対等なヘテロセクシュアルの関係をのぞむくせに、縛られて囚われたいなんて欲望をもちつづけていたり。もちろん、精神面の話じゃなくて物理的に、である。
そしてそれを何とかつじつま合わせようと、いっしょうけんめいに合理化するあたしがいる。けれどやればやるほど、自分をだまして自分の中の「筋のとおらない」部分をおさえこもうとしているだけだ、ということに気づいてしまう。

以前「深海魚さんは自分の女性性を受け入れていないように見える」といわれたことがある。そのときは「100%女らしくしてなきゃ、受け入れてないってのかよムキーッ」と怒ったのだけど、もう認めてしまおう。あたしはあたしの中の「女のコ」を、とてももてあましている。
【編集】 |  11:48 |  『セックス、哲学、ロックンロール★』跡地  | TB(1)  | CM(0) | Top↑
2008年05月03日(土)

スウィート・マイホーム 

お久しぶり。引越しでバタバタしていたせいで、1ヶ月近く間が開いてしまった。
本館をごらんの方にはもうご存知の話題だと思うけど、、念願の一人暮らしをはじめたのだ。もちろんしがない貧乏学生がマイホームなどもてるはずもなく借家なのだけど、気分は一国一城の主である。
というわけで、浮かれすぎてネット回線を開通させ忘れていて更新が滞ったわけだ。すんません。

寂しくはないか、死んでないかと幾人かに訊かれた。そりゃまあ、寂しいというより話し相手がいなくて暇なときは多々あるけれど、あたしは独りの時間も決して嫌いじゃない。実家にいた時だって、独りでいることのほうが多かったのだし。大体、寂しくて死んでるんじゃないかって、あたしはウサギかい。
そもそも一人暮らしといっても、いろんな人がやってくる家なので、気分的には「一人+α暮らし」とでもいったほうが近い。あくまであたしの家で、しかしあたしの望む人たちには開かれた家をかまえ、入れ替わり立ち代わり遊びにくる人の中で、時には独りで、生活するというのが以前からの夢だった。死んでるどころか、むしろこんなに簡単に目標がかなってしまっていいのか、これからの人生失速しないかと心配なくらいだ。

あたしにはあまり結婚願望はないので、適度に家を開いたり閉じたりしながら、できるかぎり現在のように暮らしていくのが将来的な希望だ。まあ、なりゆきにまかせた結果、いつか固定された誰かと一緒に暮らすことを選ぶ可能性は残されているし、それはそれでいいかもしれない、とも思うけれど。しかし、この感覚はなかなか人には理解されないらしい。
【編集】 |  01:24 |  『セックス、哲学、ロックンロール★』跡地  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
PREV  | HOME |  NEXT