FC2ブログ
2020年08月/ 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月
2009年02月02日(月)

せっかくなので訳してみた 

■翻訳というのは、難しいものです。ニュアンスをつぶさずに文脈の異なる他言語に移植するのが難しいというだけではなくて、どうしても二言語の間の権力関係とかを意識してしまうのですね。私が今、これを訳すことが、何を意味してしまうのだろうか、と。

■というわけで。
靖国 YASUKUNI [DVD]靖国 YASUKUNI [DVD]
(2008/10/01)
刈谷直治菅原龍憲

商品詳細を見る

ドキュメンタリー映画『靖国』(ヤスクニは軍事施設だ)。 - hituziのブログじゃがー
とてもとても、迷ったのです。元の記事が書かれてからの日数は、そのままチキン深海魚の逡巡の長さを表しています。とりわけ、記事を書いた方も「ペキン語」(その方の用語法に合わせました。いわゆる「普通話」、中国の標準語のことです)がわかるのに、あえて訳さずに原文をそのまま載せている状況においては。
何がかというと、引用されているチワス・アリ(高金素梅)さんの演説です。「私たちは、日本人ではありません。私たちはタイヤル人です。日本人ではありえないんです」(演説の直前部分のセリフ)とおっしゃる彼女のことばを、「日本語」に訳して「日本人」や日本語話者にわかりやすく消費させることには、ためらいがあります。けど、ものすっごい名文なんですよ。映画の中では、ちょっとぎょっとしてしまうような描写になっていますけども。どうしても、「ペキン語」がわからない方にも味わっていただきたかった。映画をご覧になった方なら字幕や作中に登場する支援者による通訳をご存知だと思いますが、字幕というものはある程度ことばを省略してしまうものだし、支援者の訳も訳した方のカラーが、作品の一シーンとしてはともかく「訳」としては強く出すぎているように感じたので。
というわけで、つたない語学力ですががんばってみました。

【More・・・】

文章は上に挙げたエントリーより孫引き。言語が異なる以上、原文「そのまま」というのは不可能なので、なるべく劇場で私が聞き取った雰囲気を伝えられる訳にしたいと思います。というわけで、かなり意訳しました。どこか間違っているところや、もっといいことばに変えられるところを見つけた方は、ご指摘ください。
って、言い訳が長いな。

チワス・アリさんは、先住民族タイヤル族を出自にもつ台湾の国会議員です。日本軍兵士として戦死し、靖国神社に合祀されたタイヤル族の人々の分祀を求めて遺族たちとともに来日するのですが、作中で交渉に当たった神社側の担当者からは、「教義」を理由に拒絶されてしまいます。

刚刚的意思就是说,你还在呼吸吗?如果你还在呼吸的话你就应该把你的手放在你的良心上!我再问你一个问题:如果你的父亲,死在我们台湾的话,你会不会让他回来?如果你的心脏还在跳,我相信你的做法跟我们是一模一样的。你要非常地清楚知道,我们不是日本人。我们当然有权利把我们的祖先、把我们的长辈带回台湾去!泰雅族的祖灵不会饶过你们。在他们生的时候没有办法选择自己的自主意识,死掉以后,你们更不能剥夺他们的灵魂!你们如果真的懂得“神道”的话就应该更尊重别人的文化精神。所以你们是假装的“神道”,根本不懂人真的灵魂是什么!人虽然死掉了还是有尊严的。所以我希望你把这样子的话,告诉你们上面的人,也告诉,也告诉你自己的良心。你们今天的态度让我们非常地不满意!我们坐了这么远的飞机来,这是第七次来到这边。你们不要以为今天不解决,以后我们就不来了!我告诉你们,我们还会再来。

靖国神社--王代赟的博客より。) ←『hituziのブログじゃがー』さんより孫引き


「今言ったことはつまり、あなたはまだ息をしているのか?ということです。まだ呼吸をしているのならば、自分の胸に手を当てて良心に問うべきです。そして、もうひとつ訊きます。もしあなたの父親が、私たちの台湾で死んだのならば、連れて帰ろうとはしないのですか?あなたの心臓がまだ動いているのならば、あなたは私たちとまったく同じことをするでしょう。はっきりわかってもらわなきゃいけないんですが、私たちは日本人ではありません。私たちには当然、私たちの祖先、私たちの先人を台湾に連れ帰る権利があります!タイヤル族の祖霊は決して、あなたたちを許さないでしょう。彼らが生きていたときには自らの自主的な意思を選択する方法がなかったのだから、死んでのちは、あなたたちはなおさら彼らの霊魂を略奪してはいけません。
もしあなたたちが本当に「神道」というものを理解しているのなら、なおさら他者の精神文化を尊重しなければいけないはずです。だから、あなたたちの言う「神道」は、まがい物でしかありません。人の魂とはいかなるものなのか、本当はまったくわかっていないんです!
人には、死んだといえども尊厳があります。ですから、こうした話をちゃんとあなたたちの上の人に伝えてください。そして、そしてあなたたち自身の良心にも、ちゃんと問いかけてください。あなたたちの今日の態度に、私たちは非常に不満です。私たちはあんなに長い距離の飛行機に乗って、これでもうこちらに来るのは7回目になります。今日解決しなかったからといって、私たちがもう来ないだろうとなんて、思わないでください。はっきり言っておきます。私たちは、また来ます」


うー、難しい。ものすごく端正な「ペキン語」ではあったのでこんな感じにしてみたんですが、もうちょっと全体的に強い調子のようにも思います。「长辈」はとりあえず「先人」としておきましたが、もっと直接的に血がつながっている感じです。つーか、「自らの自主的な意思」って「頭痛が痛い」みたいだな。

■ところで、ここまで「ペキン語」と書いてきたのですが。どうも、この「ペキン語」ということばにはひっかかりがありました。というのも、もともと北京のあたりで話されている(いた)「北京話」と「普通話」って、かなり違うものなんですよね。向こうでの生活が長かった方に聞くと、そこまで違わないよとも言われるのですが、少なくとも私には半分も聞き取れません。
さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]
(2005/11/25)
レスリー・チャンチャン・フォンイー

商品詳細を見る
こちらで、少し雰囲気を味わうことができます。
深海魚の中国での地元にあたる天津の「天津話」にも言えることなのですが、こうしたことばは、北京なまりや天津なまりの「普通話」とはまったく別物です。といっても、私の親世代ではすでに、話せない人の方が多いようなのですが。これは、都市部を離れてみるとよりはっきりします。私の親戚には河北省の農村で暮らしている人たちがいるのですが、かれら同士で話していることばと、私に向かって話すことば(おそらくは、「普通話」を話そうとしている)がイントネーションから何から、はっきりと異なっているんですね。といっても、どちらにせよさっぱりわからんことに変わりはなくて、もう、ごめんなさい!って感じになるのですが。「方言」は「標準語」がなまったものだというありがちな思い込みが、いかに愚かしいものであるかを、日本以上に思い知らせてくれる場所ではあります。それは私が、日本を東京近辺しか知らないからでもあるのでしょうが。

話がずれました。
そういうわけなので、あのことばを「ペキン語」と呼ぶのはどうなのかな、と思っていたのです。そしたら。

hituzinosanpo id:mimipannさん、いちばん適切なのは「漢語」かと おもいます。会話だと、いつもペキン語と いっています。「かんご」といっても、通じにくいし。 2009/01/27

はてなブックマーク - hituzinosanpoのメモ帳なのだ - 2009年1月27日

あーそっか、「漢語」かぁ。確かに、学習者向けのテキストなどにはそう書かれていますし、日常語としても「中国话」より「汉语」の方が自然な感じはあります。ただ、「普通話」が「方言」に対しての「標準語」なら、「漢語」は「外国語」に対しての「国語」というイメージが強くて、それはそれで使いにくいのですよね。とくに、台湾のタイヤル族に対して「漢語」がどうはたらいてきたのか、と考えると。私はさんざん悩んだ結果、普通に「中国語」と言ってしまったりもするのですが。頭の中ではカッコをつけてるのだけど、口頭会話じゃ目に見えないからねえ。
「あのことば」をどう呼称するべきなのか、というのは難しいです。それはもちろん、今私が書いて、画面の前のあなたが読んでいる「このことば」にも言えることなのですが。

■深海魚の『靖国』評はコチラ。
今夜の焼きザカナ 劇場のなかの「靖国」という劇場
激しいネタバレ注意。数ヶ月前に書いたものなので、今とは考え方が変わっている部分もかなりあります。地に足がついてないんで。すいません。
というか、今読むと自分の中立ぶりっ子がすげー鼻につく。

↓ぐだぐだ言う前にもうちょっと語学を磨いてこい、と思ったあなたはコチラ
FC2ブログランキング
人気ブログランキング
スポンサーサイト



テーマ : ☆.。.:*・゚中国・香港・台湾映画゚・*:.。.☆ - ジャンル : 映画

タグ : 映画 靖国 言語 北京語 中国語

【編集】 |  20:55 |  ファイル倉庫  | TB(0)  | CM(5) | Top↑

Comment

●ありがとうございます。
自分の訳に自信が なかったので のせませんでした(笑)。漢語が わかる日本人に よんでほしいなと。わたしも訳してみましたけれども。お手数かけてしまいました。

たしか、「普通話」は台湾では いわないですよね。「クオユィ(国語)」。中国、台湾を とわずに つかえるのは漢語だろうと おもいます。

「「北京話」と「普通話」って、かなり違う」というのは、よく いわれていますね。ことばを 地域に由来するものと みなすのか、民族に由来すると みなすのか。漢人というのも、ほんとは あいまいですしね。けど、おっしゃるとおり「「北京話」と「普通話」って、かなり違う」し、みたいな。

ちなみに、漢語で「zu(族)」という表現は全部「じん(人)」で訳すようにしています。なんとか「ぞく」という日本語表現が きらいなので。

「ぞく(族)と よびつづけるかぎり」
http://blog.goo.ne.jp/hituzinosanpo/e/4fc18e9f043133403121cc4139d6392c

ことばの問題は、むずかしいですね。ていうか、それが わたしの研究テーマなのですが(笑)。
hituzinosanpo |  2009.02.03(火) 19:37 | URL |  【編集】
●わたしの訳も。
さっき いったのは、あなたは まだ呼吸してますかってこと。まだ呼吸しているのなら、あなたの手を あなたの良心の上にあてるべきだ! もう一度きく。もしあなたの父親が台湾で死んだら、あなたは父さんを かえらせるはず。ちがう? もし、あなたの心臓が まだ うごいているなら、あなたは、わたしたちと まったく いっしょのことを するはず。あなたは、はっきり悟るべき。わたしたちは日本人じゃない。わたしたちは当然、わたしらの祖先を、われわれの先人を 台湾につれてかえる権利がある! タイヤル人の祖先の霊は、あなたたちを ゆるしたことなどない。彼らが いきていたときは自分の自主的な意思で選択することができなかった。死んでしまってからは、あなたたちはさらに、彼らの魂をうばいとることなどできないのだ! あなたたちがもし、ほんとうに「神道」が わかるなら、ほかのひとの文化、精神を尊重するべき。だから、あなたたちのは偽物の「神道」で、人の魂というものをまったく理解していない! 人は死んでも尊厳は のこるもの。だから、このはなしを、あなたの上の人間につたえてほしい。そして、あなた自身の良心に といかけてほしい。きょうの あなたたちの態度は、ほんとうに納得できないものです。わたしたちは飛行機にすわって、ここに くるのは これで7回目だ。あなたたちはこれで うやむやにして、もう わたしたちが こなくなると おもってはいけない。いっておく。わたしたちは また ここにくる。


…。ですます調にするかとか、いろいろと なやみました。あと、「ゆるしたことなどない」ではなくて、「許さないでしょう」ですよね。
hituzinosanpo |  2009.02.03(火) 22:03 | URL |  【編集】
●わわっ
コメントありがとうございます。
どうも、ひとりで勝手に「訳さなかった理由」を深読みしてしまったようで…お恥ずかしいです。
そして、すてきな訳をどうもありがとうございます。

ですます調は悩みました。彼女の語調は私には「演説」に聞こえたので「演説」っぽくするために使いましたが、どうも迫力を再現できてない気がします。「不会饶过你们」の「不会」は、「決して~ない(だろう)」で大丈夫だと思います。「ゆるしたことなどない」なら「没有饶过你们」とかでしょうか。「过」がこれまでのことを表す単語なんじゃなくて、「饶过」がセットで「ゆるす・みのがす」なのかなと。
あと、個人的には「文化精神」のニュアンスが難しかったです。「文明」とか「科学」もそうなのですが、単に日本語でいう「文化」や「精神」よりももっと、合理的というか近代的というか、そんな意味が肯定的に含まれているような気がして。やっぱり、難しい。

>たしか、「普通話」は台湾では いわないですよね。「クオユィ(国語)」。
あ、やっぱりですか。不思議と、中国(中華人民共和国)では「国語」って使わないんですよね。「语文(ユィウェン)」か「汉语(ハンユィ)」で。たしかに、両者で通じるのは「漢語」だと思います。
もしかしたら「国語」が「语文」で「中国語」が「汉语」なのかも。だとしたら、やっぱり「漢語」が良さそうですね。

「族」をどうするかは考えました。直前部分では「泰雅人」と言っていたので「泰雅族」と使い分けてるのかなあと思って上の訳のようにしたんですが、「中国人」とか「台湾人」に対する「タイヤル族」「チベット族」「漢族」…確かに、いやな感じがしますね。

ことばの問題は、私はどうも難しくて手を出しあぐねてしまいます…自分と、切り分けができなくて。それを研究テーマになさっているのは、素直に尊敬いたします。

ところで全然関係ないんですけど、「漢語」をカタカナ表記するときには普通、濁点を使わないですよね。日本語の清音―濁音と漢語の有気音―無気音は違うので、学習するときには留意しなければいけないというのはわかります。が、「カタカナにある清音」で代用するとより遠い発音になってしまうように思えて…
私の耳には、たとえば「国语」は「クォユィ」より「グォユィ」に近い音に聞こえます。
深海魚 |  2009.02.04(水) 20:16 | URL |  【編集】
●きょーとから。
「「クォユィ」より「グォユィ」に近い音に聞こえます」

そうですよね。わたしは濁音表記したり、しなかったりで方針を きめかねています。発音するときも、自分では濁音として発音しますし。あいまいにですが。

ところで、深海魚さんは障害学におくわしいのですね。感動しました。あ、それから もうすぐお誕生日なんですね。フライングですが、おめでとうございますー。
hituzinosanpo |  2009.02.06(金) 12:02 | URL |  【編集】
●きょーとっすか
おお、いいなあ…って、遊びに行かれたとは限りませんよね;

私はもう、開き直って濁音表記しちゃってます。絶対そのほうが通じるから!と(笑)
自分の発音はあんまり意識したことがなかったのですが、口の前に紙をもってきて、音を発したときにその紙が動くかどうか…というのをこの間初めてやってみて、「おおっ、あたし有気音と無気音、発音してたんだ!」とちょっぴり感動しました。
あらためて、無意識に使い分けていると、自分では全然わからないものなんだなあと。「日本語」もそうですけどね。

障害学は、全然詳しくはないと思います…たまたま幾冊か本を読んだ程度です。それもどれだけ頭に残っているのやら;
あ、自分でも忘れかけていました、誕生日(笑)どうもありがとうございますー
深海魚 |  2009.02.08(日) 11:25 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

URL
コメント
パス  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック

 | HOME |